最初で最後の主
「これは……。」
「……騙したみたいですみません。まぁ、最初に言ったんですけど。」
大波乱の会談を終え、部屋に戻って来た。終わってから、自分のやったことに対しての重大さというか、責任を実感して、隠し続けるのはまずい気がして、打ち明けることにしてしまった。
付いてきたユリイエを、アシェリーの部屋に通した。部屋にはもちろん、寝込んでいる本人がいる。つまりユリイエからすれば、この空間に二人のアシェリーがいる訳だ。ちなみに、アシェリーはまだ眠っている。
「お前は一体……、」
「……ハァ。この子の護衛?としては正しい姿なんでしょうけど、一応アルコイーリスの危機を救ったんですから、その態度は失礼じゃないですかね。
というか、バレたならこれ、脱いでもいいですよね。」
ドレスのファスナーに手をかけ脱ぎ、かつらをとり、簡易化粧落としで顔をふく。……生き返る。
「……。」
「裸なわけないじゃないですか。切りかかられても、すぐにかわせるようにしただけですよ。」
「っ!」
ユリイエは、ドレスの下に着ていた私服になった俺と、アシェリーの間にすぐに立ち、剣に手をかける。
「確かに、先ほどの会談は感謝している。しかし、それとこれは別だ。質問に答えろ。」
「……答えたいんですけど、俺にもわからなくて。名前は黒沼宇宙と言います。」
「ソラ……、あまり聞いたことのない名前だ。」
「まぁ、カタカナが普通のこちらの世界で、宇宙はいませんよね。とにかく、その子から離れればいいですか?」
剣を向けられ続けるのはあまり良いものではない。下ろしてもらうために、部屋の端まで下がった。そこはちょうど、この部屋の主の少女の机で、先程まで俺がいろんな本を置いていた場所だった。
……そういえば、これ途中だったな。
どうせ出来ることもないしと、読みかけだった俺が唯一読めた本、あの表紙もわからない古書を読み始めた。
「お、お前……、それが読めるのか。」
「えっ?」
まぁ確かに、世界各国の言語で書かれてるけど、所詮地球の文字。こちらの、あの甲骨文字みたいな記号よりは読める。
「彼は地球人ですから。」
「!!」
突然、ユリイエの後ろから声がした。そこにいる人物はただ一人。
「姫!」
「おはようございます、ユリイエ。そして、そちらの方は初めまして。私はアルコイーリス・レイ・アシェリーと申します。」
そんな簡単に自己紹介しちゃうんかい。これは、周りの世話係が過保護になるのもわかる。ユリイエが隣で焦っているのが見えた。
「ご丁寧にありがとうございます。俺は……」
「知っています。ソラさん……ですよね?」
「聞いていたんですか?」
「いえ、あなたをこちらに呼んだのは私ですから。」
「……はぁ。」
「姫が、ですか??」
金色の髪に茶色の瞳。確かに女装した時の俺と、特徴はそっくりな少女がそこにいた。そして、その少女はありえないことを言い放った。
……いやいや!何言ってんの!?ってか!隣の男!!なら仕方ない、みたいな顔すんな!!!
「勝手なことをして本当にすいません。ですが、私にはあなたの力が必要だったのです。」
「俺の?……てことは、地球の俺を知っているわけですね。」
「はい。」
「じゃあ、理解してもらえていると思うんですけど、今すぐにでも、俺はあなたを脅して向こうに帰るようにさせることも可能ですよ?」
「あなたはそんなことする方ない方であることも理解しています。」
ユリイエの身体に力が入るのがわかった。確かにそんなことするつもりは無いけど……。
「帰してくれないのであれば、そちらの手段を取らざるを得ないですね。」
剣を手にかける。おー、訓練されてるのかな。俺の部下より絶対強い。でも、所詮はその程度。
ゆっくり近づく。剣を持つ手に力が入るが、それが抜かれることは絶対にない。
「っ止まれ。」
「力づくで止めてもいいですよ。俺は武器持ってませんし。」
「っ。」
「ユリイエ……っ、落ち着いてください。」
「姫っ。」
あ、やば。病み上がりの女の子いるの忘れてた。無駄に充満させてしまった殺気に当てられてる。呼吸が荒く、浅い。ユリイエが、その背をさすっている。
「先ほどの会談の様子……っ、存じています。身勝手であることも重々……、っ承知しています。
ですがお願い致しますっ。
私はっ、この地を、国を……守りたいのです。
力を、貸して……ください。」
見上げたその瞳が潤むのは、熱のせいか。それとも、己の弱さを悔やんでか。
その途切れる言葉は、殺気に当てられて荒くなる呼吸のせいか。それとも、他人を頼らなければならない状況を引き起こした自分を責めてか。
涙を流し俯く少女を、窓から差し込む夕日が輝かせていた。
少女にゆっくりと近づき、その前で膝をつく。
「俺にそんなわがままを言ったのは、あなたが初めてですよ。」
「……でしょうね。」
「……あなたの望みは何ですか?」
「私の望みは……、平和。
ルーチェ王国の平和……です。
全ての民が笑って暮らせる、誰も傷つかないそんな王国を作りたいっ。」
輝く彼女は美しかった。不意であったとしても、その真剣な瞳を守りたいと、一瞬でも思ってしまった時点で俺は負けた。
「俺がいる世界じゃ、俺、結構えらいんですよ?」
「はい……。」
細くて白い腕を取った。
「あなたの望みを叶えるために、俺の力を使ってください。」
「っ!!」
あなたの望む世界を見たいと思ってしまった。
弱さに泣くあなたを放っておきたくなかった。
こちらを見るあなたの瞳に、……思わず見入ってしまった。
皆の笑顔をを望むあなたを笑顔にしたいと思った。俺が培った、全ての力を使って。
小さな白いその手の甲に、誓いのキスを落とした。