主と盗賊
弥素次が店に戻ると、既に連から降ろされた賢治が傍に駆け寄ってきた。それを見て微笑むと、賢治はにっこりと笑う。
「暫くすれば、二日酔いもとれるだろう。何せ、惣一が調合する薬は町一番だからな」
からかうような連の口調に、惣一は照れながら止めてくれと呟いている。
「弥素次、盗賊共のことを覚えているか?」
惣一を見やって、連は急に話を変える。わざと、話を変えたような聞き方をした為、すぐに昨日の話を直前にしていたのだと気付いた。
「盗賊ですか?」
気付いたが、何も聞かずに続ける。
「ああ、昨日聞くつもりだったんだが、お前、あの後は聞ける状態じゃなかっただろう」
弥素次は思わず苦笑いをしてしまった。覚えていない分、何をしたのだろう。醜態をさらした上に、余計なことを言っていなければ良いのだが。
「あの、どうも酒はあまり強くないようでして、覚えていないのです」
仕方なく素直に言うと、連が溜息を吐いた。
「酒に弱いなら、先に言ってくれ。呑み疲れて途中で寝たお陰で、惣一を酒場に呼びつける羽目になったんだぞ」
「済みません」
申し訳なく思いつつも、弥素次は内心安堵した。何も言っていないのならば、一先ず安心だ。
「盗賊のことは覚えていますが、一つ疑問に思ったこともあります」
答えた弥素次を、連が無言で見た。
「あの時は盗賊と共にいたのが、妖霊山の主だと思いました。今、冷静に考えるとあれは本当に主だったのか、疑問に思うのです」
「何故そう思う?」
連の言葉に、弥素次は少しだけ考える仕草をすると、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。
「噂で聞いた主は、確かに私達が遭った主そのものでした。でも、山の主が盗賊といるなどと聞いた覚えはありませんし、何か欠けているように思えるのです」
視線が右上に向いてしまう。何が、どう欠けている。確かに、噂のままの姿だった。そのまま過ぎて、偽物ではないのかと思う程だ。では、本物はどうなのだろう。他の山の主と会う時は少なからず緊張し、視線が合う度に圧倒される。盗賊達といた主は他の山の主のように緊張し、圧倒されただろうか。
右上に向いた視線を、弥素次は二人に戻した。
「噂だけの姿のような。山の主に見られる威圧感が、全く見られないと言うか。他の主に遭った時にはもう少し緊張感があったのですが、盗賊と一緒にいた主にはそれが欠けていた気がしました」
「お前には、何に見えたのだ?」
惣一が驚いている横で、連は冷静な口調で聞き返す。
「私には、人に見えました」
聞き返されて、弥素次はきっぱりと言い切る。
「お前、違うと言いきれる根拠が、他にもあるんじゃないのか?」
ほんの少し目を細めて聞いた連に視線を合わせると、軽く首を横に振って見せた。
「いいえ、他に根拠はありません」
連の視線が嘘を見透かすように見ていたが、すぐに意味ありげな笑みを見せた。
「まあ、いい。弥素次の言う通り、あれは妖霊山の主ではない。主が盗賊と組むなど、あり得ない」
断言した連の言葉は、妙に引っ掛かる。こうも簡単に違うと断言できるのは、主と知り合いなのかと思わせるし、意味ありげに笑んでいたのも気になる。
「じゃあ、あの大男は盗賊だって言うのかい。衛兵が怖がって、盗賊を捕まえられないのに?」
全く口を挟まなかった惣一が眉間に皺を寄せて聞くと、連は意味ありげな笑みのまま惣一を見た。
「集団心理。人が多ければごく当たり前に起こることだが、例えばある店のこの品が良いとする」
連は、惣一が受付台に置いていた薬を手にする。
「この品が良いと言うのは、人から人へ伝わっていくだろう。だが、伝わるうちに過大評価され、尾鰭が付いてくる。最初のこの品が良いと言うだけではなく、最終的にはこの店の品が良いという噂に変わる。噂の怖い処だな、良い噂なら儲け物だが、悪い噂なら」
「広がり方も、尾鰭の付き方も、良い噂より大きくなりますね」
呟くように弥素次が言うと、くすりと連が笑って薬を受付台へ置いた。
「恐らく、最初に盗賊に遭った者は主がいたとは言っていない。噂になった結果、主が共に行動しているとなったのだろう。盗賊からすれば、その噂を利用したにすぎん」
さてと、と連は呟くとくるりと背を向けた。
「そろそろ、盗賊退治の依頼もくる頃だろうし、用も済んだ。賢治、帰るぞ」
はーい、と元気の良い声で、賢治が連の傍に駆け寄る。
「そうだ、忘れるところだった」
背を向けた連が、思い出したように呟いた。
「弥素次、檜の国王の弟は、確か二刀遣いだったな」
「ええ、そうですけどそれが何か?」
何故連は、そんなことを聞くのだろうと思う。
「そうか、ではな」
弥素次の問いに答えないまま、連は店を出て行ってしまった。