酒場と樽と嘘と誠
酒場に着くと連は酒一樽分の金を先に支払い、慣れた様子で空いている席に座ってしまった。
驚きつつも弥素次は連の後に着いて行き、向かいの席に座る。
「やっぱり、樽を呑み干すおつもりなのですね」
苦笑いを浮かべて呟いくと、連はにっこりと満面の笑みを浮かべた。
「安心しろ、払った分は呑んで帰る」
それは明らかに呑み過ぎですと、内心思いつつも苦笑いを浮かべたまま何も言わないでおく。一言言えば、倍以上に言われそうな気がする。
「さて、率直に聞かせてもらう。お前、誰を探している?」
こちらの心の内を気にせず、真正面から見据えた連はすぐに本題に入った。
「その前に、どうしてそう思いになられたのです?」
視線を逸らすべきではない、そう思いながら連を見詰め返す。
「開店前の店先で、お前が誰かを捜す素振りを惣一が気にしていた。聞こうとしてもお前は、話を逸らしてしまうとも言っていたな」
挑発しているのかと思うような不敵な笑みを見せ、連は更に続ける。
「それと、これは私が個人的に聞きたいが、檜の前国王の件を詳しく知りたい。本当に第二継承者が、刺殺したのか?」
「どうでしょう。先日話した通り、私が旅をする目的は見聞を広める為です。檜の国王の件は不憫だとは思いますが、刺殺されなかったとしても、何れは継承者が後を継ぎましょう。私には、関わりのないことですよ」
連の言葉に誘導される気はない。慎重に言葉を選びながら言葉を返していく。その言葉を、連は真意を見極めるように、じっと見詰めて言葉を聞いている。
「三年前だったな、確か。お前が檜を出た頃だったろう。噂くらいはあったんじゃないのか?」
見極められないと思ったのか、連は店員が持ってきた酒の入った水飲みを手に取る。言い終えると一気に呑み干してしまった。
「あったと思います。でも、私が出た頃はまだ、噂が飛び交う前でした。ですから、どんな噂が飛び交っていたのか、私には分からないのです」
そう言って、連から視線を外した。さすがに、今の言葉は事実だ。檜を出た時、前国王が刺殺されたことは、王宮の一部の者しか知らない事実だったのだから。
「成程。では、先程の答えを聞こうか」
これ以上は聞けないと判断したのか、連は最初に聞いた質問に話の矛先を向ける。
「誰も探してなどいません。それは、惣一さんの気のせいです。私には、探す相手がおりませんし、人を探す旅ではありませんよ」
連に感づかれたくない。彼女の言葉に神経を研ぎ澄ませ、口が滑らないよう更に慎重に言葉を選ぶ。ここで、真実を口にできないのだ。誰が何を言おうとも。そうすることで、三年間を過ごしてきた。そうしなければ、何時、誰が、誰に口を滑らせるか分かったものではない。真実を言えない苦しみを背負う一方で、言ってしまった後で取り返しがつかなくなることを恐れ、人間不信に陥りそうな気さえしてくる。真実を言ってしまえば、どれだけ楽になるだろうか。
「その割には、辛そうに言うんだな」
連が右手で頬杖をつき、哀愁の漂いそうな口調で呟いた。
「辛そうに見えますか?」
連の口調に惑わされまいと、表情を出さないようにする。
「見えるな。自分の意思で見聞を広めたいと思って旅をするのに、辛そうに話す者などいない。それどころか、お前は会った時から何かから逃げているようにさえ見えた。惣一の話を聞いて、誰かから逃げているか、誰かを探しているか、どちらかだと思った」
連の言葉は、的を得ている。会うのは二度目だが、その間に言葉にしなかったことを見抜いてしまったのだ。これ以上、嘘を吐き続けるのは無理だと思う。だが、どうしても言えない。どうすればいいのか、自分でも分からない。連に言って、その後がどうなるか想像すると、言えなくなる。だからといって、嘘を吐けば、再び見抜かれるだろう。どちらにしても、自分の立場は苦しいだけだ、それならば。
意を決したように、再び連に視線を向けた。
「惣一さんには迷惑をかけてしまっているので、話して頂いて構いませんが、他の方には他言なさらないで下さい」
「分かった」
軽く溜息を吐いて答えた連に、一呼吸置いて再び口を開いた。
「実は、檜の国王に内密に命じられて、弟君を捜しているのです。隣国で、柳に弟君がいらっしゃると噂を聞きましたので、私も後を追って参りました」
じっと耳を傾けていた連が、目を細めた。
「他国の捜索は、許可証が無いと出来ない筈だが?」
「ええ、知っています。ですが、許可証を取る時間もありませんでしたので、致し方なく。でも、ことを起こす気もありません。その証拠に、捜しているのは私一人です」
「許可証を取るのは、一日あれば充分だろう」
連の言葉に、台に視線を向ける。
「国王に命じられたのは、私だけです。ですが、国王以外の者が弟君を捜しております。恐らく、前国王を刺殺した者だと」
「つまり、急がねばならなかったと?」
「ええ、一刻も早くお会いせねば、弟君の命にかかわりますので」
ここまで口にして、黙ってしまった。
連はその様子を見ていたが納得したのか、再び水飲みに手を伸ばした。
「ま、ここは国境近くの町だ。檜の者が入ってくれば、必ずここを通る。今日くらいは吞んでおけ」
どんっ、と酒の入った水飲みをこちらの前に置くと、連は自分の酒を呑み出している。
置かれた水飲みに視線をやり、そうですねと呟いて小さく溜息を吐いた。