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篠木の伝承 三年の旅  作者: ながとみコケオ
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檜の噂

 惣一の家に世話になりだして数日が経ち、漸く弥素次は店の手伝いに慣れてきた。

 朝、身支度して朝食を済ませると、前日薬にして使用した薬草を倉庫から補給する。補給が終わると、今度は店内と店先を掃除して開店する。薬草を採りに行くのは七日に一度で、惣一と会った時は丁度その日だった。

 惣一に教えてもらいながら、薬草を保管している場所と、何種類かの薬草は覚えた。だが、何十種類もある薬草を全て覚えるのは、まだ先になりそうである。だからと言って、焦って覚えようとは思っていない。本当は覚える必要もないのだが、店を手伝っている以上は覚えないわけにはいかないだろう。その為、店が暇な時は薬草を手にして名前と特徴、それに薬草の効果を声に出しながら惣一に確認していた。

 惣一も薬の調合をしながら、付き合ってくれる。

 本日も、そんな平凡な日の筈だった。

「惣一、弥素次。いるか?」

 暇そうに店に入って来たのは、夕食を一緒にして以来顔をださなかった連だ。

「いるよ」

 短く答えて、惣一が連を見る。

 連は小さな袋を羽織っていた外套の懐から取り出し、惣一に渡した。

「珍しいのを見つけたんで、売りに来た」

 惣一が代金を渡すと、連はそれを懐に入れてこちらを見る。

「随分、様になってきているな」

 連の言葉に苦笑いを浮かべ、弥素次は首を横に振っって見せた。

「まだまだですよ。たった何日かで、覚えられるわけではありませんからね」

「何日間かで覚えられたら、俺の商売も上がったりだ」

 惣一の言葉にくすりと笑った連は、確かにと呟いた。

「ああ、そうだ。弥素次、悪いが倉庫に行って薬草を取って来てくれよ。紙に書いている分だけど、弥素次が覚えているのしかないから大丈夫だろ」

 言いながら、惣一が紙を渡した。それを確認する。

「ええ、大丈夫だと思います」

 頷いて、倉庫へと足を運んだ。

 倉庫は店から母屋へ続く扉を入り、庭へ出た右側にある。朝、薬草を補給する時に鍵を開け、店を閉めてから再び鍵をかける。日中は鍵をかけていない為、家の者は誰でも出入りができるのだ。

倉庫の扉を開けて、紙に書いてある薬草を探し始める。

 紙に書いてある薬草は、全部で四種類。この四種類なら、すぐに見つかる。思った通り、ほんの少しで全ての薬草を手にすると、再び店へと戻った。

 母屋から店へ戻る扉を開こうとして、弥素次は手を止めた。惣一と連の会話が微かに聞こえたからだ。二人に気付かれないように、そっと扉に耳を押し当てる。

「噂のことも、少し聞きたい」

 連の声が、すぐに聞こえた。全神経を耳へ集中させて、会話を聞き逃さないようにする。

「噂?」

「ああ。何年か前に、国王が代わったのはお前も知っているだろう」

 会話の途中だったが、話が檜のことだとすぐに気付いた。

 檜の国は前国王が亡くなった為、第一継承者である今の国王が引き継いだ。これに関しては、何処の国でもある当たり前のことだが、噂になっているのは第二継承者である現国王の弟のことだ。前国王の死因はこの弟による刺殺であるとされている。しかも、一度拘束された筈の弟は、現在、逃亡しているという。

「何処に行ったんだろうな、その弟は」

 呟いた惣一の言葉の後、少し間が空いた。

「何処にいるかは知らんが、妙なのはこれだけではない」

 通常、各国間での取り決めにより罪人を追跡するのは、逃亡先の国の兵が行う。他国の兵が無断で行うと、理由が何にしろ捕えられ強制送還されるが、抵抗すれば容赦なく剣を向けられる。

 今回の弟のように、国王と関係のある者の捜索は他国でも捜索出来るが、その場合は許可が必要になる。許可されれば許可証を渡されるので、それを携帯し、その国の兵に提示すれば捕えられない。但し、捜索が終了すれば許可証はその国へ返却する。これは、偽造防止を目的としている。そして、国によって許可証も異なっているので流用も出来ない。檜の件については、何処の国にも許可証を取った形跡がないのである。

「それって」

「本当に弟は前国王を刺殺したのか、気になる処だな」

 惣一は、弟は無実ではないかと言いたげな雰囲気だったが、連は無実だと言うよりも、興味があると言う雰囲気だ。

 確信があれば許可証を取っている筈だが、取った形跡がないとすれば、今の国王は弟が前国王を刺殺したと確信が持てないか、弟が誰かに濡れ衣を着せられたと思っているかのどちらかだろう。

「確かに」

 惣一の言葉を最後に、会話が途切れた。

 ここにも、あまり長くはいられない。そう思いながら、弥素次は手にしている薬草を見た。

 檜のことは、誰にも知られたくない。知られれば、何が起こるか充分過ぎる程分かっている。三年をかけ、人目を遠ざけながらここまで来たのに、知られたが故に全てを水の泡にしたくはなかった。

「ま、あれが戻ったら酒場にでも行ってくるか。でも、明日はまともに、手伝いは出来んだろうな」

 少しして、連が再び口を開いた。

「どういう意味だい?」

「そのままだ」

 二、三日中にここを出よう、そう思うと扉を開いた。

「惣一さん、持って来ました。これで合っていますか?」

 何食わぬ顔で持って来た薬草を手渡しながら聞くと、惣一は確認する。

「大丈夫、全部合っているよ」

「弥素次、出かけるぞ」

 にっこりと笑顔を見せ良かったという表情を作ると、見計らった連が声をかけた。

 連の言葉に知らぬ振りをして、不思議そう表情で見る。

「出かけるって、何処にです?」

「酒場。惣一の許可なら取ってある」

 連が言うと惣一が、すぐに笑いかけた。

「行っておいで。来てからずっと手伝ってばかりだったから、今日くらいは息抜きでもしてきなよ」

「と、言うことだ」

 ではな、と惣一に告げて店を出る連を、弥素次は慌てて追いかけたのである。

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