惣一の自宅にて
篠木の町に着き、毛皮屋へ七妖を売った後、弥素次と連は惣一の自宅へ招かれた。
自宅に入ると、惣一の妻、亜己≪あき≫が笑顔で出迎えてくれた。惣一と同じ年だという彼女は、何があっても動じそうにない雰囲気を持っている。美人ではないがほんの少し下がった目じりが、大らかな性格を物語っている。肩を越した艶のある黒髪は動き易いように後ろで一つに束ねている姿から、大らかそうな性格の一方で活発そうな性格も見せていた。
その亜己はここへ来た経緯を聞くと、すぐに食事をするように勧めてくれる。
一昼夜、歩き通しだった為、薬屋の夫婦の対応を弥素次はありがたく感じた。
「そう言えば、二人のことを聞いてないんだよな」
食事を摂りながら、惣一が興味津々に切り出す。
「そうでしたね。せっかく助けていただいたのに、何も話していませんね」
惣一の言葉に、にっこりと笑うと弥素次はそのまま続けた。
「檜から旅をしておりまして、三年程かけてここまで来ました。当てはないのですが、柳の首都に行こうと思っております」
人目に付かないように旅をしてきた。だから三年かかったのだ。だが、何故人目に付かないよう旅をしたのかを、この三人に言うわけにはいかない。
「へえ、三年もかけてたんだ。余程、のんびり旅してたんだな」
何も知らないが故に、出てくる惣一の言葉。他の町でも似たような言葉を、何度も聞いている。
「ええ、当てがない分、急ぐこともありませんから」
何度も聞かれたから、同じ答えを何度も言う羽目になる。これで何度目だろうかと内心思う。
「檜にいた頃は、何してたんだ?」
興味本位の惣一の視線も、聞かれる言葉も、何度も経験した。
「二二歳までは、職に就きながらでしたが、学業に専念しておりました。兄には反対されましたが、見聞を広めたいと思っておりましたので、説得して旅に出たのです」
同じ答えを何度も言う度に、心の中で謝っている。自分は何時までこうして、親切にしてくれる人達に嘘を吐き続けるのか。
「そうか。で、連は?」
納得したのか、惣一は続いて連に視線を向けた。当の連はと言うと、篠木の町の近くに住んでいて、七妖を狩ったり、薬草を採ったりして売っているのだという。それ以外にも、傭兵等も引き受けるのだとか。
「連は、随分と強いのですね」
率直に思って、弥素次は口の中に残った食べ物を飲み込んで言った。連は当然という顔で、一気に酒を呑み干している。
「連、酒を水みたいに呑むなよ」
その様子を惣一が呆れた表情で呟くと、連は明らかにどうしてだと、表情で聞き返している。
「そんな呑み方したら、あっという間に酔っ払っちまうよ」
連のことを気にかけて言っているのだが、当人は硝子製の水飲みをほんの少し眺めてから惣一を見た。
「この程度で、酔っぱらうものか」
「じゃあ、どの程度なら酔っぱらうんだ?」
惣一が聞き返すと、連は視線を一度上に向け考えてから再び答える。
「樽を幾つか呑み干したくらいだな」
それは尋常じゃないでしょうと、弥素次は思わず連に視線で訴えかけてしまった。
「連、それは異常だって」
「異常なものか、呑めるものを好きなだけ吞んでいるだけだ」
苦笑いを浮かべて惣一が呟いた言葉に、連はきっぱりと言い返している。
「幾つも樽を呑み干せるのは、多分連だけだと思います」
同じく苦笑いを浮かべて呟くと、連が冷やかな視線を送った。慌てて、視線を逸らす。
「ま、それは良いとして。弥素次さん、もし、あんたが良いなら、暫く家にいるといいよ。出来れば、店も手伝ってくれるとありがたいけどね」
連の酒の話は、長くなりそうだと感じた惣一は、こちらに話を替えた。
「でも、ご迷惑ではありませんか?」
申し訳なさげに聞き返すと、惣一は首を横に振ってみせる。
「迷惑なら、家にいろとは言わないよ」
「では、お言葉に甘えさせて頂きます」
笑顔で答えると、でもと言葉を続けた。
「私にさん付けは止めて頂けないでしょうか? どうも慣れませんし、それに、惣一さんの方が年上でしょう。私が言うのは当たり前だと思うのですが、惣一さんが私に言うのはどうかと」
「分かったよ」
短く答えて惣一は、笑い返していた。