溜息
暫く眺めていた女が急に振り返った為に、男は一瞬驚いてしまったが直ぐに姿勢を正した。
「助けて頂いて、ありがとうございます」
この女が何者なのか、男には分からない。ただ言えるのは、戦い方からして女は妖だろうということだけ。しかし、助けられたことに変わりはないので、笑顔を作って礼を言う。
そんな男の行動を無視して女は近付くと、手にしていた剣を奪い取り剣先を眺めた。
この女は、奪い取った剣で何をするつもりなのか。
男が不思議そうに見ている目の前で、女は剣を振り下ろした。地面に剣が触れた瞬間、鈍い音と共に剣が折れてしまう。それを見た後、柄を放り投げながら見た。
「粗悪品だな、檜で大量生産された物だろう」
女の言葉通りだ。持っていた剣は、安物のどう足掻いても耐久性のない代物だ。女は剣が、安物だとすぐに気付いたのだ。
「その通りです。護身用に買った物で、大した物ではありません。余程のことがない限り、それで充分でしょう」
女が、呆れた表情になった。
「その余程のことがあったから、この様なんだろうに」
「返す言葉もありません」
折れた剣に一度視線を落としてあっさりと肯定した男に、女は溜息を一つ吐いて振り返った。
「薬屋、もう着いているんだろう。出て来て良いぞ」
女の言葉で木の陰から出て来たのは、先程逃がした惣一だ。安堵した表情をしている。
「ああ、先程の。ご無事だったのですね」
何処まで呑気なのだろうかと言わんばかりに惣一が、苦笑した。
「偶然薬屋に会ってな、助けを求められたから来たんだ」
自分の刀を背負いながら、ここに来た経緯を女が簡単に説明する。
「そうでしたか。本当にお二人には助けて」
「名前」
「え?」
言葉が長くなると思ったのか、女が突然遮った。どうやら、少々気が短いらしい。遮られたお陰で、男が面食らって聞き返してしまった。
「名前を聞いていない」
「そうですね。弥素次≪やそじ≫と申します」
男は深々と頭を下げた。
「連≪れん≫」
女は名前だけを告げる。
「俺は惣一だ。あんた、本当に旅人なのかね。でも、俺もあんたに助けてもらったから、お互い様だよ」
惣一は呆れたように呟いて、先程言いかけた言葉に返すように答えた。
「いいえ、結局は助けて頂きましたから。私に何か出来ることがあれば、言って下さい」
弥素次は、惣一に満面の笑みを浮かべながら首を横に振って見せた。
「七妖、運ぶから手伝え」
弥素次の言葉を聞いた途端に、連が遠慮なしに言った。
「分かりました」
笑顔のままで弥素次が言うと、連が笑みを見せる。それから連は、惣一を見た。
「お前もだぞ」
「分かってるよ」
連の言葉に惣一が答えると、ゆっくりとした足取りで、篠木の町に向かったのである。