その後
盗賊退治の件から数日がたった薬屋は、奇妙な繁盛ぶりを見せていた。
店の出入口には、客とは言い難い見物客がちらり、ちらりと覗いて行く。この見物客達のお目当てを、店主の娘である育也は知っていた。
覚えていない薬草を手にして、呑気に効能を口にしながら覚えている居候、弥素次だ。
檜の前国王を刺殺した濡れ衣を着せられ、惣一と出会うまで逃げ続けたこの第二継承者は、篠木の町で自分と共に盗賊を退治した人物と噂になり、毎日のように見世物になっていた。だが、当の本人は全く気にせず、我が道を呑気に突き進んでいる。自分の状況を全く理解していないと、深々と溜息を吐く。自分の状況を理解していない当人は、何か気付いたように惣一を振り返った。
「惣一さん、これの効能は何でしたでしょう?」
昨日教えられていた筈なのだが、この薬草の効能だけは覚えきれなかったらしい。
「痛みを和らげるんだよ」
「ああ、そうでしたね」
元々呑気な性格なのだと、今更のように思い知らされる。それにしても、買い物客よりも見物客の方が多いのは気のせいだろうか。恐らく、見物客の中には育也を見に来ている者もいる。弥素次を見た後に、まじまじと育也を見て帰る者が見受けられるのだ。見世物じゃないと怒鳴ってやりたいのだが、弥素次の顔を早く覚えて貰わないといけないので、気持ちを抑えている。貴重な買い物客が逃げないように祈りながら、椅子に座り先程から飲んでいた茶を飲みほした。
奇妙な繁盛振りと呑気な雰囲気が漂う薬屋に、残る一人の盗賊退治をした人物が自分の子供を連れてふらりと現れた。
表向きは七妖を狩って、生計を立てている。その実は妖霊山の主、黄鬼である妖の連。そして、連の子である賢治。
「邪魔する」
見た目が一八歳位なのに四捨五入すると四千年生きているこの年齢不詳の妖は、弥素次が棚の薬箱に薬草をしまった途端に、賢治を抱き上げたかと思うと押し付けるように抱かせ、そのまま出口へ向かっている。
「連?」
賢治を抱いたまま弥素次が目を白黒させて名を呼ぶが、連は振り返りもしない。
「済まんが預かってくれ。どうも、お前を気に入っているらしい」
「預かるのは良いのですが、何処に行かれるのです?」
連は一度だけ振り、極上の笑みを見た。
「酒場」
連が出て行った後、弥素次は抱いていた賢治を複雑な表情で見てしまう。大酒の呑みの妖婆に良いように扱われている弥素次に、育也はいい加減断る術くらい身に着けろと心の中で呟いてみる。
「やしょじ、変な顔してましゅね」
笑顔になっている賢治を見たまま、弥素次が溜息を吐いた。
「変な顔にもなりますよ、賢治はかかがいなくとも平気なのですか?」
愚問だと思うが、聞きたくなるのだろう。確かにそうだ。連は育児放棄しているのかと、言いたくなるような行動をしている。賢治は、それで平気なのだろうか。
不思議そうな表情で、賢治が見ている。
「平気でしゅよ。だって良い子にしてたら、かかはぎゅうってしてくれましゅ」
つまりは、戻って来た時に抱きしめてくれるから、預けられても平気なのだ。育て方が良いのか、釣り方が良いのかは分からないが、賢治が泣かないのはその為らしい。不憫というか、何というか、見ている育也は思わず溜息を吐いてしまう。
「本当に、良い子ですね賢治は」
賢治の健気さを、連は分かっているのか疑問な処だ。
「弥素次、ここはもう良いから、庭で賢治の相手して来いよ」
さすがに子守りをしながら店を手伝えとは言い辛かったのだろう惣一は、苦笑いを浮かべている。
「惣一さん、済みません」
「俺も行ーこうっと」
賢治を抱いたまま、店の奥の扉を開き出て行った弥素次を追いかけて、育也は庭へ続く廊下を歩いて行く。心地良い風が吹く庭に出ると、好奇心一杯になった賢治の視線が、木の上を見ている。釣られて見上げると、雀がいた。
「やしょじ、いくや、しゅじゅめしゃんがいました」
上手く話せない賢治の言葉に、二人してつい顔を緩めてしまう。
「しゅじゅめしゃんのかかは、お出かけでしゅか?」
「賢治、あの雀はもう大きくなっているので、かかと一緒にはいないのですよ」
大きな瞳が、弥素次に向けられたかと思うと、じっと見詰めている。余計じゃないかと思ったが、弥素次は嘘を教える気がないらしい。
「しゅじゅめしゃんは、大きくなったんでしゅね。賢治も早く大きくなりたいでしゅ」
「どうしてですか?」
「大きくなったら、しょーいちのおみしぇを、おてちゅだいしましゅ」
賢治の言葉には、どこかしら微笑ましく思うものがある。無邪気さ故ではあるが、のんびりとした気持ちに拍車がかかっているように感じていた。




