盗賊相手に
惣一が走り去った後、男の視線が盗賊達の動きを抑えているのか、襲いかかる機会を窺っている。肌に突き刺すような緊迫した空気が、神経を研ぎ澄ませていた。
誰が、最初に襲ってくるか。前に三人、中程に四人、後ろに三人。
前三人は腕の立つ者だろう。その内の二人は腕回りが太く、体格もがっしりとしている。中程の四人の内一人は、男を見たり周りを見たりと視線が定まらない。まだ、盗賊になって日が浅そうに見えた。残りの三人は痩せ気味だが、抜いた長刀の構え方からして、ある程度の腕はありそうだ。後ろの三人は、真ん中に大男、その脇を二人が固めるようにいる。
腕の立つ者の方が多いと思う。追い払えるか、多少不安があった。今構えている剣は、檜≪ひのき≫で買った両刃の長剣だ。これを使用したのは、ここまで来る間に僅か三度。本来、得意とする代物ではないのだ。出来れば使用したくないが、盗賊は待ってくれたりはしない。この場を何とか、凌がなくてはならなかった。
前にいた体格良い一人が動いた。刀を振り上げ、襲いかかって来る。男は素早く剣を横に構え直し、盗賊の右へ体を滑り込ませた。擦り抜け様に剣を振り、盗賊の腹を切る。切られた盗賊は、顔を歪め呻きながら倒れ込んむ。続けてもう一人の体格の良い盗賊が、襲いかかってくる。今度は間を素早く詰め、やはり腹を切る。
さすがに三人目までは来なかったが、替わりに妖霊山の主が盗賊達の後ろからのそりと前へ出てきた。
再び剣を構え、男は大男の面を見る。
妖霊山の主、男は心の中で呟いた。山の主は、妖や人にとって畏怖の対象だ。
畏怖の対象である筈の妖が、何故盗賊と共にいるのかは分からない。分かるのは、男が窮地に立たされようとしているということだけ。
妖霊山の主が、大斧を構えた。
何処となく、針で突き刺されていそうな張り詰めた空気が漂う。同時に男は、妙な感覚に襲われていた。何が妙なのか、男が考えるには今の状況が許してくれない。盗賊達が固唾を呑み、二人を見ていた。
長いような短い時間。どれだけの時間が経ったか分からないくらい、長く感じる。遠くで、獣の遠吠えが聞こえた。
先に動いたのは、妖霊山の主だ。予想した以上に素早い身のこなしで、大斧を振り抜く。跳び退りながら、男は大斧の軌道を何とか剣の腹で変えた。
「動きが早い」
小さく呟いて構え直した時には、既に妖霊山の主は次の一刀を繰り出している。慌てて剣で大斧を受けたが、そのまま横へ飛ばされた。少々、体勢を崩しながら着地し、再び剣を構え直そうとして視線を剣に向けた。大斧を受けた部分が、大きく欠けている。次を受ければ、剣が折れ男の首が跳んでしまう。
慣れない剣で、戦うものではないな。しかも、昨日から運が向いていないと、内心思いつつも男は妖霊山の主を見た。
妖霊山の主が動いた。大斧が唸りを上げて迫ってくる。覚悟を決めて、男は低く身構えた。目前に迫った大斧は次の瞬間、目の前で斜めに突き立てられた黒い棒のような物に、その行く手を阻まれていた。
一瞬、何が起こったのか理解できなかった。左目に、ゆっくりと長い金髪が重力に引かれてゆくのが映し出されて、初めて誰かに助けられたと気付く。
「随分、好き勝手にしているじゃないか」
聞こえた声は、多少低い女の声。黒い棒と思ったのは、女の背丈と変わらないくらいの鞘に収まった刀だ。
「消えろ。お前達の相手をする気はない」
見えた顔は一八歳位の顔つきだが、何処か大人びている。空色の瞳は妖しげな色合いを見せていた。
「女、お前だけでは勝負にならんぞ」
盗賊の一人が、馬鹿にした笑みを浮かべて言った。女は余裕なのだろう、くすりと笑う。
「その言葉、七妖を一人で相手にしてから言うんだな」
突き立てていた刀を女は、慣れた手つきで右手に軽々と持った。そして、数歩盗賊の方へ歩み出ると、斜めに構える。
「後悔するなよ」
別の盗賊が言った言葉を合図に、二、三人が女に襲いかかった。
女の口元がふっと笑ったかと思うと、左足を一歩分横に動かした。そのまま腰を落としながら、左から右へ一気に刀を振り抜く。長い刀の為に遠心力が働き、襲いかかった盗賊達は弾き跳ばされてしまった。
他の盗賊達が、強張った表情になる。
「もう一度言う、消えろ。次は鞘を抜くぞ」
女の雰囲気が、言葉と共に狂気染みた色を見せ始めた。唾を呑みこみたくなるような、張りつめた緊張感に男はじっと女を見詰めている。
背筋が冷たく感じるような声が本気で女が言っていると悟らせたのか、盗賊達が後退りして距離を置くと背を向け走り去った。