師弟関係
本当に追手なのかと、思う。育也が叫んでも、出て来ようとしない。微かだが、息遣いが聞こえる。この森で、襲ってくるものは盗賊と追手だけではない筈。
「一番、拙いものに囲まれているかもしれないですよ」
人や妖よりも、もっと厄介で危険なものがいる。
右手の低い位置から、何かが惣一に襲い掛かってきた。
身を竦めた惣一と襲い掛かってくるものの間に割り込むように弥素次は身体を滑らせると、左手の玄封で正面を打つ。ぎゃんと鳴き声がして、打たれた箇所を右へ反転させ左の前足で痛みを癒すように擦っている。
「七妖」
囲んでいるのは七妖かと、思いながら神経を研ぎ澄ませる。のそりと、取り囲むように七妖は草を掻き分け出てきたが、まだ隠れるようにこちらを見ているものもいるようだ。
「よりによって七妖かよ」
両手に持っていた棒を、育也は手早く組み込むと右の端に手を掛け、別の七妖の急所を突く。
「育也、あんまり七妖の中に入るなよ」
最初は身を竦めたものの、すぐに七妖だと理解した惣一は、声をかけながら持っていた袋から薬と小さな布袋を取り出すと、袋へ薬を入れた。
「分かってるよ」
周囲を警戒しつつも、育也は再び組み込んだ棒を外して両手に持つと、襲い掛かってくる七妖に右手の棒で顔面を殴り、次いで左の棒で同じ箇所を殴っている。
玄封を構えたまま、七妖との間合いを計っていたが、七妖達が急に後退りを始めた。警戒をしつつも、弥素次は何事かと思う。
「二人共、もう大丈夫だよ」
惣一の言葉に、視線を向けた。小さな布袋を惣一は、手で叩いている。
「親父、獣除けの薬持ってんなら最初っから使えよ」
呆れた口調で育也は、棒を腰に差した。薬屋は人を治す為の薬だけを作っている訳ではない。獣除けの薬や害虫駆除の薬も調合し、時には陶器の釉薬等も調合する。
「悪い、悪い。盗賊のことで頭が一杯になって、すっかり忘れてた」
連が、惣一の横で苦笑している。分かっていて何も言わなかったと、連の苦笑が教えてくれた。
玄封を腰に差し、惣一の傍に戻る。叩くのを止めた惣一は、再び薬を布袋へ入れている。育也も外套を拾い上げ、戻って来た。
「婆、分かってたんだろ。一言くらい言えよ」
育也も連の苦笑に気付いたのだろう、呆れた口調で呟いている。
「獣除けは無臭だ。惣一はとっくに用意していると思っていたので、気付かなかった」
育也の言葉を受け流すように言っているが、気付かぬ振りをしていたのは、してやったりと言わんばかりの笑みが物語っている。
「あのな、無臭じゃねえだろ。人と妖には臭わなくても、獣の鼻はしっかり臭いが分かるんだ。それくらい知ってろよ、四千年婆」
連の顔が、一瞬だけ引き攣った。
「馬鹿者、誰が四千年婆だ。三千五百年だ、水増しするな」
それだけ生きていれば、大して変わらない気もすると思うのだが、連は気にしているらしい。
「四捨五入すりゃ四千だろ。いちいち訂正するなよ、婆」
「ついでに言っとく、婆も止めろ。次言ったら返事せんぞ」
腹立たしげに言い返している連に対し、育也はあっ、そうと軽く受け流している。
「盗賊の件が終わったら、酒場で呑もうって思ってたんだけどさ、返事しないなら婆抜きで飲みに行こっと」
「あ、今の取り消し。先に言ってくれれば、婆と言うななんぞ言わなかった」
途端に、連の目の色が変わった。酒呑みは知っていたが、自分が言ったことを取り消してまで、飲みたいのか。育也を見ると、視線が合った。勝ち誇ったような笑みで、弥素次を見ている。連との付き合いが長い分、ある程度の性格も掴んでいるらしい。この二人は、師弟関係なだけあって似ていると、呆れながら思った。




