捕まえたのは
剣が抜かれたと同時に、惣一が男に背を向けて一気に駆け出した。盗賊の一人が追いかけようとしたが、男がすぐに間に入って行く手を阻む。
惣一は背後にそれを感じながらも、男が言った通りに立ち止まらずに全力で走って行く。早く町に戻って衛兵を呼ばないと、男が殺されてしまう。元々足は速い方で、四〇歳を越えた今も健在だ。早く助けを呼びに行かないと、それ以外何も考えられずに、惣一は緩やかに下りだした道を全力で駆けて行く。辺りも闇が深くなっているが、構っている暇などない。ひたすらに走っていた。
男に言われて走り出してから、どれ位走ったかだろうか。足が縺れ、呼吸は乱しながらも、必死に町へと惣一は走って行く。途中で誰かに呼ばれた気もしたのだが、今の惣一にそれを気にする余裕など全くなかった。
「あっ」
突然薬袋を引っ張られ、弾みで惣一は後ろに体が引かれてしまい、そのまま尻餅をついてしまった。
捕まった。咄嗟に頭を庇いながら惣一を助けようとした男を思い出す。あの男は殺されてしまったのか。
「命だけは助けてくれっ」
「薬屋、私だ」
殺されたくないと強く思った惣一に、掛けられたのは女の声。惣一が、恐る恐る顔を上げると、見知った女がいた。
「どうしたんだ、そんなに慌てて」
実に、不思議そうに聞いている。
この女は、薬草を売りに来る女だ。ふらりと来ては、珍しい薬草を持ち込む。自分の背丈と同じ位の長い刀をいつも背負っている妖で、傭兵をしたり狩りをしたりしていると言っていた。
「頼む、助けてくれ」
惣一を止めたのがこの女なら、あの男はまだ生きている。そう思うと、惣一は自然と口にしていた。
「助けるも何も、私はお前に何もしていない」
眉を寄せた表情で、女が言葉を返している。何もしていないと言うのも当然だ。女は、たった今会ったばかりで、惣一が襲われたことも男が逃がしてくれたことも、全く知らないのだから。
「そうじゃない。男が、盗賊に襲われているんだ。俺に逃げるように言って、相手をしている。妖霊山の主も居た。早く行かないと殺される」
乱れる呼吸を抑えながら、惣一は必死に助けを求める。どうしても、あの男を助けたい。
妖霊山の主と聞いて、女の顔が一瞬、険しい表情を作った。
「薬屋、案内しろ。助けてやる。但し、後で七妖≪しちよう≫を運ぶのを手伝ってくれ」
七妖とは、繁殖力の非常に強い猛獣で、群れで行動する。その毛波は上質とされているが、狩るには危険を伴う。その為、毛皮屋では高値で取引されるのだ。そんな猛獣をこの女は、一人で狩ったと言うのだろうか。だが、今はそんな事を聞いている場合ではなかった。
「分かった」
惣一は、立ち上がると、今来た道を再び走り出した。
走り出して、すぐに女の顔が苛立った表情を見せた。
「薬屋。盗賊は何処に居る。お前が遅いから、助けられるものも助けられなくなる。先に行くから、場所を教えろ」
「道なりに行った所」
「急げよ」
聞くが早いか、女は短い言葉を残して走る速度を上げてしまった。驚いた惣一が聞き返した時には既に距離が出来てしまい、走りながら見送らざるを得ない状況になっている。足は速い方の惣一だが、女の速さは遥かに上回っている。参ったと思いながら、惣一は走り続けていた。