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篠木の伝承 三年の旅  作者: ながとみコケオ
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行き止まりの先

 入口の建物が、狭い路地を造り出していたのか。何処か、逃げられそうな所がないか見回してみる。広場に面して建つ建物は、広場に向けて石から切り出された長方形の煉瓦の壁が、何処となく自分を冷たい視線で見ているかのようだ。

 垂直に立ち憚る壁を見上げて、弥素次は呆然としてしまった。終わったと、思う。追って来る者の気配は、近づいて来る。ほんの少しすれば、ここに辿り着く。辿り着けば捕えられ、この町から連れ出されるだろう。後は、人気のない場所で殺されるか、森の中で動けぬように足を切り放置され、獣の餌になるかのどちらかだ。奥歯を噛み締め、壁を睨む。手も打てぬまま、死ぬのか。

 ふと、すぐ後ろで気配を感じた。思わず振り向き、眉間に皺を寄せた。細く白い腕が、何もない空中から伸びている。何がどうなっているのか、訳も解らぬまま腰の辺りの服を掴まれ、引っ張られる。驚くのと、尻餅をつくのとどちらが早かっただろう。顔を顰めて、目の前に立っている人物を見上げようとして、放り投げられた分厚い布に顔を覆われてしまった。

「随分、大がかりな鬼ごっこをしたな」

 聞き覚えのある、低めの声が溜息を吐いている。

 慌てて布を除けると、連が呆れた顔で見下ろしていた。

「連」

 大きく、安堵の息を吐く。

「お前を見かけたんでな、近づこうとしたんだ。だが、お前の周りにいたのは腕の立つ者ばかりだ。普通でないくらい、すぐに分かる。それで名前を呼んだ」

 追手に囲まれた時のあの声は、連の声だったのか。

「助かりました」

 これで、連に助けられるのは二度目か。そう思いながら、弥素次は布を持ったまま立ち上がる。

「着替えろ」

 連の言葉に、持っていた布を見た。分厚い布だと思っていたのは、服だったらしい。広げてみると、埋葬着だった。死者を埋葬する時に着る服で、黒の上下に頭から被る白い布。この世界では、葬儀を行わない。死者を棺に入れ一日だけ家族と共に過ごした後、その町で決められた墓地に土葬する。家族と過ごす間は誰も来ないが、埋葬する際には知人も参列するのが仕来りなのだ。

「これは埋葬着でしょう、これを着てどうするのです?」

 渡されて、困惑してしまう。これを着て、連は何をしようというのだ。

「決まっているだろう。薬屋に戻るんだ」

 埋葬着を着て薬屋に戻ったら、惣一が目を白黒させてしまうだろう。何せ薬の配達を頼まれて出かけたのに、戻る時は埋葬着を着ているのだから。何処に配達に行って、埋葬着を着て帰って来る者がいるのか。

「分かったら、早く着替えてしまえ」

 背を向けて前方にある扉の向こうへ姿を消す連は、白い布こそ被ってはいないが、既に袖の無い埋葬着を着ている。追手と出くわした時点で、彼女は考えていたのか。しかし、墓地からならともかく、町の中の建物からこの服装で出て行けば嫌でも目立つ。無事に薬屋に辿り着けるかも不安だ。溜息を吐いて、仕方なく着替えた。着替え終わると連に声をかけ、今自分がいる場所を改めて見る。小屋だろうか、前方に別室の扉があり、左右は古ぼけた窓ある。後方にも扉があり、造られて年数が経った木造だ。あまり使われていないようで、所々に腐食して出来た隙間がある。あの行き止まりから、自分は何処に連れてこられたのか見当もつかない。

 戻ってきた連は、自分が被る布を肩に羽織っていた。

「連、やっぱり目立つと思うのですが」

 着替えたものの、やはり不安が残る。

「お前、意外に心配性だな」

 そう言って、横を通り過ぎて後方の扉を開いた。振り返り、言葉を失った。

「墓地から戻れば、誰も声をかけたりしない」

 羽織っていた布を被り、連はそのまま出て行く。

 扉の奥に見えたのは、墓の群れ。連の言葉から、確かに彼女も町にいた筈なのに、有無を言わさず引っ張られた時には此処にいた。何処をどうしたら、墓地の小屋に出てこられるのか、全く理解出来ない。

「連、説明してください。どうして」

 布で顔は見えないが、明らかに視線が向けられていると気付き、言葉を止めた。

「あの場所と、ここを繋げただけだ。大したことではない」

 さらりと言って、連は歩き出す。向けた背が、これ以上聞くなと言わんばかりだ。小屋を出て扉を閉めると、大股で歩き連の横に並ぶ。

 連が妖であることは、盗賊と遭遇した時に何となく気付いた。一樽を軽く呑んでしまうのも、異常だと思う。しかし、あの行き止まりとここを繋げたと、あっさり言われて納得出来る筈もない。説明をしてくれても良いのに、それもなしだ。

「そんなに簡単に言われたのでは、納得できないでしょう」

 ふと、連が足を止めた。布を通して冷やかな視線が向けられる。

「説明が聞きたいのなら、お前がまだ隠していることを先に言うんだな」

 再び歩き出した連の後ろを、何も言い返せずに視線を落として歩く。連の能力は相当なものだろう。それは、あの行き止まりからここへ引っ張られた時点で証明している。味方と見れば頼れるが、敵と見れば脅威そのものになりうる存在に、これ以上関わるべきではない。今夜にでも、篠木を発とう。そう思いながら、近づいてきた篠木の町を見ていた。

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