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篠木の伝承 三年の旅  作者: ながとみコケオ
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森で出会ったのは

明治妖妖記をご覧の皆様へ。


明治妖妖記を先に出してしまったので、ネタバレ箇所があります。


嫌だと思われる方、そっと閉じてやってください。

まあ良いか、全然問題なしという方、そのままお読みください。

 狭い山道を、急ぎ足で登っていた。暗い山道は、左側が崖、右側は岩肌が山道を覆っており、耳が痛くなるような静けさが山道を更に不気味に感じさせる。

 渡された外套と金貨の入った袋のみを手に、慌ただしく出て来た。松明は持っていない為、薄っぺらな三日月の明りと手探りで触れる岩を頼りに、崖から落ちないように注意しながら頂上付近まで登ってきた。

 眼下に広がる森の一部が切れ、深く被った外套の頭巾と切れた森の間に灯りが見えた。急いで動かしていた足を止め、頭巾を少し上げて灯りを見る。眼下に見えるのは、世界一と言われる巨大な都市で、自分の生まれ故郷。自分の状況を忘れ、綺麗だと思う街の灯りに加えるように、王宮の灯りは異常に多い。王宮の灯りが多いのは、理由があってのこと。無言でほんの少しの間、故郷を目に焼き付けるように見詰める。

 何時、戻れるのかは分からない。すぐに戻れるかもしれないが、生きている間に戻って来れないかもしれない。不安な気持ちを吐き出すように、小さく溜息を吐く。灯りから視線を逸らすように外套に取り付けられている頭巾を深く被り直すと、再び山を登りだした。




 森の奥で薬草を採り終えた惣一≪そういち≫は、橙が際立つ夕陽にちらりと視線を向けて小さく溜息を吐きながら、急ぎ足で篠木≪しのぎ≫の町を目指していた。橙に染まった夕陽と黒く塗りつぶされた木々が、絶妙な均衡を保った色合いの景色を見せてくれている。いつもであれば、惣一は綺麗だと思う景色を見ながら帰路についているのだが、ここ最近の噂のお蔭か、そんな気には到底ならなかった。

 最近、この森で盗賊が出没している。何人も襲われ、怪我をして町に戻った者や、命を落とした者がいるという。

 薬屋を営んでいる為、惣一は町の北部に広がる森に薬草を採り行く。惣一だけではない、他の薬屋や店を営む者は大抵森で材料を仕入れる。町で店を営む者にとって、森は大切な場所なのだ。盗賊に出没されると、皆困る。

 しかも、決まって妖霊山≪ようれいざん≫の主と呼ばれる妖が、盗賊と共に行動していると専らの噂なのだ。町には人と妖≪あやかし≫が生活しているが、妖霊山の主は違う。

 篠木の町がある国は柳≪やなぎ≫というのだが、この柳の国には妖霊山と呼ばれる、この国で一番高い山がある。妖霊山には黄鬼≪こうき≫と呼ばれる妖が住んでおり、皆、黄鬼とは呼ばずに妖霊山の主という。

噂では大きな体で、醜い顔を隠す為に白い面を着けており、人を食らうとか。

 ふと、妖霊山の主に遭いやしないかと思った惣一は、眉間に皺を寄せて嫌そうな表情を浮かべると、更に急ぐ様に足を動かした。

 そんな惣一を笑うかの様に、森に帰ってきた烏達が鳴き声と木々の枝にとまる音を辺りに響いる。

「こんな時に烏の声なんて、益々嫌になるじゃないか」

 そう呟いて、惣一は先を急いだ。

 辺りは夕陽が沈むにつれて、刻々と不気味な静けさと闇を森は纏っていく。篠木の町は、まだ灯りすら見えない。

 不安を振り払う様に、背負った袋を背負いなおした時だった。

 右側の木の陰から、音もなく背の高い男が出てきた。夕陽を背にしている為に、男の表情は分からない。加えるように男が外套の頭巾を深く被っている為、惣一は恐怖心を表情に出しながら急激に立ち止まってしまった。男は惣一の様子に惣一に気付いたらしく、慌てたように頭巾を取った。

「驚かせてしまって、申し訳ありません。旅をしておりまして、篠木の町に行きたいのですが、どうも道に迷ってしまったらしくて。もし宜しければ、教えて頂けないでしょうか」

  旅人らしい男は穏やな表情の傍らで、申し訳なさげな表情も浮かべてしまっている。歳でいうと、二五歳くらいだろうか。男の態度が盗賊と違い、あまりに申し訳なさそうに聞いているせいか、大丈夫だと思った惣一は深く溜息を吐いた。

「いや、いいよ。俺は篠木の町で薬屋をしているから、一緒に行けば良い」

 惣一の言葉を聞いた男は、にこやかな笑顔を作った。人懐っこい笑顔だ。

「良かった。これで道に迷わなくて済みます。何せ、昨日から迷いっぱなしで」

 男の言葉を聞いて、惣一は唖然としてしまった。

「盗賊に会わなかったのか」

「盗賊が居るのですか」

 惣一の問いに、男は不思議そうに聞き返している。旅人では仕方ないが、盗賊のことも妖霊山の主が一緒にいることも、知らないらしい。

「驚いたな。あんた、そんな呑気に旅をしていたのか」

「よく言われます。どうやら、私は周りよりもゆっくりとした性格のようです」

 苦笑して男が答えると、惣一も苦笑した。旅人と言うには、あまりにも呑気すぎる上に、人懐っこい笑顔から悪党だとは到底思えない。惣一には、目の前に居る男が、ただ旅を楽しんでいるだけの青年にしか見えなかった。性格的にも宿を見つけられず、野宿を余儀なくしなければならないことが多々あるように思えてしまう。町に着いたとしても、男が宿に泊まれるという保証は、何処にもない。呑気すぎて、何処か放っておけないような気さえしてしまうのだ。

「町に着く頃には、日も暮れている。今夜は、家に泊まっていけ」

 何処か放っておけない。惣一の性格も手伝って、泊まるよう勧めると、男は不意をくらったような表情になり、目を瞬かせたかと思うとすぐに満面の笑みを見せた。

「ありがとうございます。でも、ちょっと無理そうですね」

 男が、周りに視線を巡らせると、惣一に小さな声で言葉を続けた。

「周りを見ないで、私の話を聞いて下さい」

 惣一が何をと聞く前に、男はそれまで見せなかった鋭い視線を周囲にそっと向け、惣一を見た。

「貴方と会った時から、周囲から獲物を見るような視線を感じていました。話をして、隠れているのが盗賊であると気付いたのです」

 男の声を聞きながら、背筋に冷や汗を感じた。狙われていたのかと思うと、息をするのもままならないような気がして、惣一は微動だにせず男の言葉を待った。

「私が盗賊の相手をしますから、貴方は私が剣を抜いたら、全力で走って町へ逃げて下さい。絶対に、立ち止まったりしないで下さいね」

 惣一が頷くよりも早く男は惣一の背後に行き、距離を置くと剣の柄を握った。

「いつ襲うか、相談なんてしていないで、出て来たらどうだ」

 男が更に鋭い視線で、隠れている盗賊に向けて叫んだ。慌ただしく枯れ葉の踏まれる音に、惣一は思わず振り返ってしまった。惣一が振り返ると同時に、一〇人程刀を持った盗賊が現れた。その中には、白い面を着けた大きな斧を持った大男がいる。

「妖霊山の主」

 やっぱりいるのかと呟いた惣一に、男は少々驚いたように視線を妖霊山の主へと向けた。

「妖霊山の主、ですか」

「ああ。噂通りの姿してるよ。なあ、あんた大丈夫か」

 じっと、妖霊山の主に視線を向けて見詰めていた男は、再び惣一に視線を向けて、笑みを浮かべる。すぐに険しい表情を浮かべ、盗賊に視線を戻した。

 烏の鳴き声も止んでしまった森が緊張感をもたらしているのか、惣一はごくりと唾を呑みこんだ。何時、男が剣を抜くのか分からない。ただ、抜かれる時を惣一は恐々と待っているだけ。程なくして、男が無言で剣を抜いた。

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