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都合のいい彼女。  作者: 不知 詠人
1/1

明美

「明美!いい加減、起きなさい!」

「んんっ……」

ついに痺れを切らした母親によって、東向きの窓に曳かれていた遮光カーテンは無慈悲に開け放たれた。


……まだ瞼を持ち上げる気力は湧かないが、耳だけは先に起きている。

音だけで判断するに、窓も開けたらしい。


「……ふふっ」

少し不快であると同時に、なんとなくおかしくなった。


お母さんは少し怒っているらしい。いや、怒るというほどではない。

瞼の向こうに感じる明るさが、「困った娘だ」と雄弁に物語っていた。


家族の間にだけ伝わる、言葉にしなくても伝わる感情というものがある。

ちょっとした仕草に乗る感情というものが。

それが、有難いような、迷惑なような……奇妙な感じがする。



まだ春先だ。思ったよりも朝の寒気は鋭い。

実際のところ、この寒気は有難い。少しは起きようという気持ちになる。

ひとしきり布団に抱きついたまま、体を揺らし。

そこまできて、私は瞼をようやく開ける。


……我ながら、朝は弱い。人並み以上に。

病院に行って診てもらった方がいいのかな、一度くらい。



「明美。もうパン焼いちゃったわよ」

「……シャワー浴びてからにする」

「そっ。なんでもいいけど、急いでね」

お母さんは素っ気なかった。



……お母さんのせいではないけれど。

少し耳に障る。



(明美、か)

……私は、自分の名前が嫌いだった。



少し肌寒さを感じながら、2階の寝室を降りて、シャワーを浴びに、浴室に向かう。

必然、洗面台の前を通る。


……酷い顔だ。

暗い、顔をしている。

花の?女子高生がこんなことでいいのか?

……いいも悪いもない。私は私だ。

毎分毎秒、私は私なのだ。



夜更かしもしていないのに暗い目元。

なんだか決まっていない前髪。

気を付けていたつもりなのにできてしまったニキビ。

十七なのに、どこか疲れた顔だった。


(……なんで、あいつは私を好きなんて言うんだろう)



パジャマを脱ぎ。

下着を脱ぎ。

……必然、私は女を意識する。



浴室は思ったより寒くない。

お母さんが浴室暖房を入れていてくれたようだ。

お母さんに感謝しながら、その一方で感謝できないことを考えていた。



……私は、自分の名前が嫌いだった。



「名は体を表す」

物知り顔で誰かが言う。


でも、そうじゃない。

名が、自らを縛り続けているだけなのだと思う。

あるいは、それは親が子に懸けた願いだったのかもしれない。

しかし、それは同時に、「呪い」でもある。

呪い(まじない)と、呪い(のろい)とは、表裏一体なのだ。

名にかけた呪いが、人の心を変質させるのではないかと私は思っている。

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