明美
「明美!いい加減、起きなさい!」
「んんっ……」
ついに痺れを切らした母親によって、東向きの窓に曳かれていた遮光カーテンは無慈悲に開け放たれた。
……まだ瞼を持ち上げる気力は湧かないが、耳だけは先に起きている。
音だけで判断するに、窓も開けたらしい。
「……ふふっ」
少し不快であると同時に、なんとなくおかしくなった。
お母さんは少し怒っているらしい。いや、怒るというほどではない。
瞼の向こうに感じる明るさが、「困った娘だ」と雄弁に物語っていた。
家族の間にだけ伝わる、言葉にしなくても伝わる感情というものがある。
ちょっとした仕草に乗る感情というものが。
それが、有難いような、迷惑なような……奇妙な感じがする。
まだ春先だ。思ったよりも朝の寒気は鋭い。
実際のところ、この寒気は有難い。少しは起きようという気持ちになる。
ひとしきり布団に抱きついたまま、体を揺らし。
そこまできて、私は瞼をようやく開ける。
……我ながら、朝は弱い。人並み以上に。
病院に行って診てもらった方がいいのかな、一度くらい。
「明美。もうパン焼いちゃったわよ」
「……シャワー浴びてからにする」
「そっ。なんでもいいけど、急いでね」
お母さんは素っ気なかった。
……お母さんのせいではないけれど。
少し耳に障る。
(明美、か)
……私は、自分の名前が嫌いだった。
少し肌寒さを感じながら、2階の寝室を降りて、シャワーを浴びに、浴室に向かう。
必然、洗面台の前を通る。
……酷い顔だ。
暗い、顔をしている。
花の?女子高生がこんなことでいいのか?
……いいも悪いもない。私は私だ。
毎分毎秒、私は私なのだ。
夜更かしもしていないのに暗い目元。
なんだか決まっていない前髪。
気を付けていたつもりなのにできてしまったニキビ。
十七なのに、どこか疲れた顔だった。
(……なんで、あいつは私を好きなんて言うんだろう)
パジャマを脱ぎ。
下着を脱ぎ。
……必然、私は女を意識する。
浴室は思ったより寒くない。
お母さんが浴室暖房を入れていてくれたようだ。
お母さんに感謝しながら、その一方で感謝できないことを考えていた。
……私は、自分の名前が嫌いだった。
「名は体を表す」
物知り顔で誰かが言う。
でも、そうじゃない。
名が、自らを縛り続けているだけなのだと思う。
あるいは、それは親が子に懸けた願いだったのかもしれない。
しかし、それは同時に、「呪い」でもある。
呪い(まじない)と、呪い(のろい)とは、表裏一体なのだ。
名にかけた呪いが、人の心を変質させるのではないかと私は思っている。