想い人
澄んだ夜空に煌めくイルミネーション
一緒に見ようって約束したあの日。
「いいね」
そう言って照れたあの顔を私は覚えている。
なのに、
隣にいるはずの「彼」がいないなんて…。
誰が想像出来ただろうか。
「お久しぶりです。
千田です。
夜空がとってもキレイだよー。
冬の匂いがするよー。」
あるメールアドレスに送ってみる。
返事を待ちながら、夜空を眺める。
彼のことを想いながら…。
「彼」と出会ったのは5年前
私が働く会社にやってきた取引先の営業マンだった。
いつもやって来る営業マンとは違うタイプで、
最初から異彩を放っていた。
「千田千笑さん?」
私の名前を呼ぶ声がした。
ギャグのような名前
また今回もいじられるんだろうと思った。
「はい?」
「素敵な名前だよね」
予想していない言葉に私の頭は真っ白になった。
「たくさんの笑顔が溢れそうだ」
後に「彼」の名前は青木広幸だと知った。
「千笑さん」
青木さんは私のことをそう呼び出した。
上司がなぜ名前で呼ぶのか聞いたことがあった。
「こんな素敵な名前呼ばないのはもったいない!自分も笑顔になれる」とハッキリキッパリ断言した。
私が「広幸さん」と呼ぶのに時間はかからなかった。
むしろ、もの凄いスピードで惹かれていたのかもしれない。
「広幸さんの名前も素敵だよね!だって、広く幸せって」
私が言うと彼は照れたように
「千笑さんには敵わないな」と答えるだけだった。
私の笑顔は今、彼に届いているのだろうか?
彼からしばらく会うのを控えたいと言われたのは、
クリスマスを直前に控えた12月最初の日曜日だった。
「ごめん。また連絡する」
彼と交わした最後の言葉だった。
その日を境にメールも電話も繋がらなくなった。
取引先だから、会えるだろうと簡単に捉えていた。
しかし、それは甘かった。
彼は仕事も辞めていたのだ。
街は少しずつ華やかさを増し始めていたある日、
「千田千笑さん?」
少し年上の女性が会社帰りの私を待っていた。
その女性は軽く会釈をして言った。
「驚かせてごめんなさい。私…青木の姉です」
彼は自分の家族について話すことはなかった。
なぜ、私に会いに来たのか分からなかった。
会社の近くにある小さな喫茶店
そこへ二人で入った。
私はアイスカフェオレ、彼女は紅茶を頼んだ。
「本当だ」
彼女はクスッと笑った
「ごめんなさい。広幸が千田さんは猫舌で寒くてもアイスを頼むんだって言っていたから…つい」
彼女は続けた。
「コーヒー苦手なんでしょ?だからカフェオレ」
一体どこまで私のことを言っているのだろう。
それに、シスコンなんて聞いていない。
私は会うのを控えたいと言われたことを告げた。
「その事なんだけど、広幸…」
彼女の顔が暗くなり、声が重くなった。
「広幸…病気なの」
その日の帰り道
どんな風に家に戻ったのか…記憶にない。
頭の中は何も考えられなかった。
二人でいるときにどうして気がつかなかったのだろう?
彼女が言うには、会社の健康診断で再検査をするように言われたのは夏。
ようやく受けた再検査で小さな腫瘍が見つかったとのことだった。
会社も休職扱いで治療に専念することを薦めたが、彼自身が退職を申し出たという。
「きっと、気弱な姿を誰にも見せたくなかったのかもしれないわ」
彼女は声を絞って言った。
早期発見ということもあり、手術によって腫瘍は全て摘出成功出来たという。
「あの、会えないんですか?」
私はどうしても彼に会えないか聞いた。
「私も千笑さんに会わないの?って聞いたんだけど…こんな姿見せたくないって」
頑固な性格は私も知っている。
こういう時こそ頼って欲しいのに…。
彼女は1枚の紙を出した。
そこにアドレスが書かれていた。
「メールしてあげて。喜ぶと思うから」
最後に会った日以降、メールを送っても届かなかった意味がようやく分かった。
そして、メールを送れたのはクリスマス。
この夜空をイルミネーションの華やかさを一緒に感じたかった。
メールを送って数時間後。
スマートフォンがメールを受信した。
「冬の匂い 冷たくていいね
メールありがとう
メリークリスマス」
彼から返事が届いた
そして、もう一通彼から届いた。
「来年は一緒に見に行こう」
涙が溢れ、画面が見えなくなっていた。
私のところにもサンタクロースが小さな小さなプレゼントを運んで来てくれたのかもしれない。