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俺の夏合宿。その1

季節は少し進んで、夏真っ盛り。


俺たちは、夏休み前の定期テストを瀕死の状態で切り抜け、あとは長い夏休みを待つのみとなったのであった。


そんなある日の部活で、トウカがある提案をしてきた。


「みなさん、もう誕生日はお済でしょうか?この夏休みに私は父が運営管理に携わっている教習所に車の免許を取りに行くのですが…みなさんもご一緒にいかがでしょうか?」


なんでも、お世話になっているからとのことで、費用を全額免除の上、宿泊施設も用意してくれるとのことであった。


なんとも、ご都合主義の漫画のような出来過ぎた話ではあるが…


渡りに船とみんな大喜びで参加を希望した。


「更に、ご希望があれば、バイクの免許も並行して取得できるようです。今からお配りする書類に必要事項をご記入なさって、当日に住民票をご持参くださいね。」


大昔には、印鑑と呼ばれるものがあったようなのだが、今はすべてサインと国民にもれ無く配られているICチップ入りのIDカードのみで、ほとんどの契約をこなせるのである。


ただ、IDカードがあるにもかかわらず、運転免許に限らず、転出・転入や入学、婚姻等の届け出に置いては、住民票なるアナログなシステムが生きていた。


俺は、コマチ姉さんの職場が役所に近いため、住民票取得の委任を姉さんにお願いしておいた。




終業式を終え、夏休みに入ると暑さは益々厳しくなっていった。


かくして、免許合宿へ行く当日となった。


トウカの用意した車で現地に行くのだが、その待ち合わせ場所としてハクの実家である「高砂屋」であった。


まあ、俺以外、みんな平地に住んでいるので当然と言えば当然なのかもしれない。


とは言え、俺自身もコマチ姉さんの車に送ってもらうのだが…


「フユくん、忘れ物とかないの?」


「フユくん、酔い止めとか整腸剤とか持って行かなくてもいい?」


「フユくん、ちゃんとお行儀よく…」


俺は、コマチ姉さんのとめども無く溢れてくる言葉を右手で遮った。


「もう、姉さん、俺は大丈夫だから。」


なだめるように言った。



「…そう?」


と、まだまだ心配そうにいいながらハンドバッグを漁っていた。


「はい、これ。忘れないでね。」


住民票とIDカードの入ったファイルケースを手渡してきた。


「ありがとう、姉さん。」



車を運転しながら、コマチは得体のしれない不安に駆られていた。


なんだか、フユくんが遠くに行っちゃいそう…


このまま合えなくなるかも…



頭をブンブン振って、思い直した。


私の直感が当たった試しが無いじゃない。

気にし過ぎよね。




ほどなくして、車は高砂屋に到着した。


既にトウカの用意したと思われる車が到着していた。

車ってか…バスだな。


みんなも既に集まっているようであった。


宇宙防衛軍のメンバーと、ハクの両親、あれは…バスの運転手かな?



車を停め、ドアを開けるやコマチは、ハクの両親や運転手、宇宙防衛軍のメンバー一人一人に手を取りながら挨拶をしていた。



「フユくんが粗相をしましたら、どうぞ叱ってやってください。みなさんフユくんをどうぞよろしくお願いいたします。」


と、深々と頭を下げているコマチであった。


そして、俺は真っ赤になった顔を俯かせながら、コマチの背中をグイグイ押して車に放り込んだ。


「姉さん、本当に大丈夫だから。てか、俺は幼稚園児か!」



みんなに向かって、深々と再度お辞儀しながら車を発進させるコマチを見送りながら、俺は深いため息をついた。


振り返ると、案の定みんなクスクス笑っていたのであった。


ただ、アユハルは、コマチに握られた手の感触の余韻を味わいながら、中空を見つめ涙を流していた。



俺たちは、早速バスに乗り込んだ。


バスの内装は、かなり豪華で手の込んだ造りになっていた。


天上には、高そうなキラキラ光るシャンデリア、コの字に配置された座り心地の良さそうな座席とそれの中央に角の丸い大きなテーブル、何でも入っていそうな大きな冷蔵庫に壁掛けのテレビと豪華なホテルの一室のようになっていた。


バスの中央部分左手に下に降りる階段があるのだが、その降りた先にはトイレまであった。



乗り込むや否や、トウカが席順を仕切りだした。


向かって右側のシートにアユハルとタケゾウ、その間にタマキ、左側のシートにハク、その横にボタン、そしてコの字の奥の席に俺とトウカ。



「さあ、出発しましょう!」


トウカは上機嫌に言った。



フラっと立ち上がる黒いオーラを纏う人影…


ゆっくりとコの字の奥のシートに近づくと…


それは、俺とトウカの間に強引にドスンと割り込んできた。



「いやー。アカシさんいい車ねー。これは旅が楽しみでござるYO」


黒いオーラを纏ったままの笑顔で、トウカに向かってボタンは言った。



「ちょっと、ササヤマさ…ん!?」


トウカは、立ち上がろうとしたが立ち上がれない。


良く見ると、トウカのお腹の部分と両方の太ももに何かしら頑丈なベルトのようなものが絡みつき座席に固定されていた。



―何かよくワカランが…ボタンの仕業らしい。


トウカは、シクシク泣き出しちゃった。



「ねぇ、ボタン。少しはぁフユを貸してあげなよぉ。」


タケゾウが楽しそうに言った。



ボタンも少々大人げないと思ったのか、でも口を尖らせた状態でトウカの拘束を解いた。


「じゃあ…半分こね…」


しぶしぶとボタンは、その場を明け渡し俺の逆側に座りなおした。


「うん、ありがと。」


嬉しそうにトウカは言った。



―てか、なんで俺は取り合いの対象みたいになってるの??


―今まででこんな経験は初めてだ。


と、一人で感動していた。



そうなると、面白くないのがハクであった。


ハクは、カバンをまさぐりあるものを取り出した。



それを目の前に座るタマキの前に突き出した。


高砂屋特製のいちごミルクチョコであった。


重要な事なので、もう一度説明しよう。


これは、巷の女子高生の間で大人気の高砂屋自慢の一品である。一箱に8個入って100円とお買い得ながら、とろける様な食感と程よい甘さと酸味にクリーミーさを兼ね備えた優れものなのである。



タマキがピクリと反応し、目を輝かせ振り向いた。


次の瞬間には、ハクの横にちょこんと座りチョコを見事ゲットしていたのである。


まさに瞬間移動を会得したようである。


タマキって意外とチートなのかもしれない…




「よーしゃしゃしゃしゃっ!」


以前、テレビで見た動物おじさんよろしく、ハクは、タマキの頭をわしゃわしゃ撫でまわしていた。




そうこうしているうちに、車窓が都会の街並みからのどかな田園風景に変化していった。

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