俺の宇宙防衛軍。その3
アユハルはホワイトボードの前に立ち、タケゾウはその傍らにイスを置いて座った。
俺たちは、それを半包囲する形で座った。
「まずは、我々の住む〝宇宙船〟について説明しようか…」
そう言いながらアユハルは、ホワイトボードに何やら書き始めた。
ホワイトボードには、細長い形の長方形の板のようなものが書かれた。
更にそれの横から見たであろう断面図も書き込まれつつある。
「全長1000キロ、横幅300キロ、高さ100キロの直方体のこの宇宙船の内部は、いくつものエリアに分かれている。」
「まず、外郭は厚さ10キロで、特殊な合金と特殊なコンクリートが幾重にも重なる層で形成されていて、その内側は水の層で出来ている。これの厚さは約1キロで、これらは宇宙から降り注ぐあらゆる有害な光線等を防ぐ役割になっており…」
「アユハルぅ、今はそんなハード面の説明は省いてもいいんじゃない?」
アユハルが、淡々と宇宙船の説明を進めていくのを、半ばあきれ顔でタケゾウが制した。
「ああ、すまんな。つい…」
アユハルは、ゴホンと咳払いして続けた。
「この宇宙船の後方3分の1に当たるスペースに、我々が暮らす各地域がある。で、上下に5つに区分けされたエリアに、上から北海道、関東、中部、近畿、九州があるのさ。」
「ここからも見えるあの山脈ってのは、要するにこの宇宙船の内壁に当たる場所ってとこだろうか。そして、各層はそれぞれ独立した重力制御システムのおかげで、僕達もこうやって普通に生活ができるってわけ。」
「えーっと、その重力ってのがないと、どうなるんだ?」
ハクは、素直に疑問を投げかけた。
「そうだね…例えば…例えば、深いプールに潜ったとする。そこでの状況に水の抵抗を無くした感じかな?つまり、まともに行動すらできないのさ。上も下もそう言った概念すらなくなってしまう。」
よくワカラン。というかイメージが湧かないって感じで…
一同、呆けたように聞き入るしかないようだ。
「今よりはるか前には、重力制御システム自体が存在しなかったので、居住区を回転させることによって遠心力を発生させて…」
タケゾウは、呆れた顔をして、ゴホンと咳払いした。
「すまんすまん。次はこの宇宙船の真ん中のエリアだが…ここは6層に分かれ、酸素供給の為と木材資源用に森林地帯、穀物や野菜を安定供給するための広大な農耕地、安定して水産資源を得るための広大な養殖用スペース、各種資源の貯蔵スペース、そして沖縄。最上階のエリアには、いわゆる〝軍〟関連の施設及び演習地等が存在する。」
「そして、前方3分の1は、宇宙防衛軍管轄のエリアとなっている。宇宙艦隊の戦艦が停泊する宇宙港が大部分を占めるのだが、そこにも四国と呼ばれている防衛軍関連の人員とその家族が暮らすエリアがある。我々の住む国と特に変わらない感じの街並みだよ。」
「そして、宇宙防衛軍と陸海空軍との両エリアにまたがって存在したのが、総司令本部って訳さ。」
手に持ったマジックのキャップを閉めながら、アユハルは言った。
もう何から質問していいやら…
混乱していて、というより情報量が多すぎる。それも未知の領域のだ。
ふと横に目をやると、タマキは机に突っ伏して夢の中にご旅行中のようであった。
「Will Diver…についてだったね?」
アユハルは、ボタンの方に向き直って言った。
ボタンは、無言で頷いた。
「これは、少々説明が難しいのだが…一種の超能力みたいなものを扱う人…って言った方がいいのかな。僕は科学理論に基づく錬金術と勝手に呼んではいるがね。」
「人間の脳をコンピューターのCPUと仮定して、そこに大量のプログラミング因子を記憶と言う形で埋め込み、人間が運動や思考などで生み出す電気信号を利用し操作することによって、触れたものや近くの物質を原子レベルまで分解して別の物質の構造に作り替える能力を持った者を作り出したんだ。そうして作り出された…と言えば語弊があるのだが…それがWill Diverって訳さ。」
アユハルは、眼鏡をクイっと持ち上げ得意げに語った。
俺は、昼間の出来事を思い出していた。
―俺は、Will Diver…なのか?
「それでおしまいって訳じゃないんでしょ?まだ続きがあるんでしょ?」
ボタンが食い下がる。
「ボタン、君は…もしかして…やはりそうなのか?」
アユハルは、タケゾウに目をやった。
「そうだって言ったじゃなぁい。」
と、タケゾウが当然のように言った。
「これは、私の仮説なのだけど…Will Diverの真の目的は、意思を飛ばすこと。つまり、他の個体に自分の意思を飛ばして…そう、体を入れ替えることが出来る…能力とか?だと思うのだけど。」
ボタンは、探るように言った。
「物凄い想像力だね!半分…いや80点くらいだよ。」
アユハルは、素直に驚いてみせた。
「Will Diverは、意思を転生させることが出来るんだよ。錬金術の如き能力で個体を作りつつ、そこに意思を飛ばすんだ。さっき〝真の目的〟と言ったね?それは少し違うんだ。そうせねばならない緊迫した事情から、やむなく行われた事なんだ。本当の目的は平和利用というか物資や資源不足に対応出来得る技術開発の一環だっただけなんだよ。」
アユハルは、肩をすくめおどけた表情で言った。
「ちょ、ちょちょちょ!!ちょっと待て!さっきからナニ言ってんだ!?」
半分目を回し気味に、ハクが割り込んできた。
「超能力?錬金術??転生??ファンタジーかっつうの!」
ぽふっ!
興奮して目が泳いでいるハクの頭に、タケゾウが軽くチョップした。
そして、ハクの肩に腕を回して、
「ハクぅ、お前はさぁ。特殊なプロテクトかけてないんだから、さっさと覚醒しなよぉ。」
タケゾウのハクの肩に回した手が、一瞬淡く光った。
「あ…思い出しちゃった…」
ハクは、あはははと笑いつつ頭を搔いていた。
―特殊なプロテクトだと?
「なるほどね…その特殊なプロテクトとやらが、私とフユにかかってるって訳だ。」
ボタンは、得心いったようだった。
「大正解!100点だよ。君たち2人は能力が強すぎるので一般人に紛れての生活や行動に不自然さが出る恐れがあると言って、君とフユ、それぞれがお互いにプロテクトをかけたのだよ。」
アユハルは、そう言って時計を見た。
「そろそろ下校時間だな。続きは…これからフユの家に行ってやろう。」
眼鏡をクイっと上げながら横を向き、声を上擦らせながらアユハルは言った。
―コマチ姉さんに合いたいんだな。分かりやすすぎるぜ。
「分かったよ。タマキ起こして下校しようぜ。」
ため息交じりに俺は言った。
―もしかしたら、コマチ姉さんの説教を回避できるかもしれない。




