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俺の名前はイヤフユキ。

薄暗い部屋にカーテンの隙間から朝陽がこぼれるように差し込む。

淡い光のシャワーが俺の顔をくすぐり、俺は顔をしかめ手で覆うようにさえぎった。


心地よい微睡の中で俺の脳裏に声ならぬ意識のようなものが流れ込んできた。



―イヤ フユキ



そう、俺はイヤ フユキだ…



―18歳 学生



そう、18歳 がくせ~いって…



ガバッと布団をはねのけ起き上がり中空を見つめながら頭を掻いた。


「朝から何をやってんだ?」


何を分かりきったことを自問自答しているんだ。とあくびをしながらベッドから立ち上がった。



そういや、なんか変な気分だったな…


過去の記憶もなにもかもが鮮明なのに、全て空々しいような…


「まあ、考えすぎでしょ…」


つぶやきながら時計を見た。



時計のデジタル表示は6時42分と表示されていた。


「目覚ましより早く起きちゃってるよ~」


悪態をつきながら、部屋を出て1階へ続く階段を降りて行った。



階段を降りリビングへと足を運ぶと、包丁の音が小気味良く聞こえてきた。


白いケトルからお湯が沸いた旨を伝える音がカチッと響いて、台所の奥から1人の女性が顔を覗かせ俺と目があった。


「あら、おはよう。今日は早いじゃない。」


視線をケトルに移しながら話しかけてきた。


彼女の名は、タンバ コマチ。

身長も体重も平均であろう健康的な体躯で、美人である。

コシのある綺麗な黒髪を後ろで束ねバンスクリップで留めている。なんでも作業がしやすい上に手軽でしかも見た目も悪くないからだそうだ。

俺の年の離れた従姉らしい。



…らしい?


まあ、いいか。


漢字で書くと、丹波 恋町と書くようだ。


俺の名前は…どんな漢字だっけ?



まあ、いいか。


俺の住む街では~と言うか今の時代は簡略化の為に名前をカタカナ表記にするようになって久しいのだ。



「どうしたの?ボーッとしちゃって。」


怪訝そうにコマチは俺の顔を覗き込んだ。



「い、いや、何でもないんだ。おはよう。」


そそくさと食卓のテーブルに近付き椅子を引いた。


「今朝方、変な夢見ちゃってさ。そのせいかもね。」


作り笑顔を浮かべながらぎこちなく答えてみた。



「ふーん、そうなんだ。コーヒーでいいでしょ?」


手際よくカップにお湯を注ぎながらコマチは微笑んでいた。



俺は高校進学の為に親元を離れて遠くこの街にやってきた。


それが2年前…


この街で飲食店を営んでいるコマチ姉さんの元に身を寄せている。



この街―神戸市―は、兵庫の国の首都である。

この国に関わらず、今や政治体制は資本主義的共産主義とでも言った方がいいのかな…


一次産業の大幅な発展により、食糧問題を完全に解決出来たのである。なので、食うために働くというような昔の考え方はなく、自分の特技や趣向に合わせて職業を選ぶことが出来る。

国によって衣食住に加え福祉の方面も最低限の保証がされているので、何一つ不安もなく生活が出来て好きな事を仕事に出来る。まさに桃源郷と言えば大げさだが理想郷と言っても過言ではなかった。


そんな中で俺は、心理学に興味を持ち、その専門である大学の付属高校に通っている。


兵庫国立人間心理大学付属高等学校


俺の通っている高校なのだが…

いささか名前に何のひねりも無いところが唯一の欠点ではある。


この国は、幸いにして災害というものと無縁のようで、それも住民たちの生活の安定につながっているのだろう。


唯一の災害と言えば、不定期にやってくる地震であろうか…

地震と言っても大きな船がゆ~らゆらと揺れるようなもので、特に今まで被害らしい被害はなかったのだが、もっとも国の方で事前に察知できるらしく対策は万全であったのだ。




早めの朝食をコマチと共に摂りながら、雑談に興じていると…

どこからともなく電子音が聞こえてきた。


ピピピピピピ…


「やべっ、目覚まし消し忘れていた!」


ガタッと椅子をはねのけ立ち上がり、リビングを出ようとした俺の背中にコマチが叫んだ。


「今日は仲間と飲みに行く約束有るから、帰りは遅くなるよ!」

「テーブルの上にお金置いておくから適当に晩御飯済ませてねー!」


続けざまの言葉を背中に聞きながら忌々しい電子音のする方に駆け上がって行った。



ポンと目覚まし時計の表面をタッチして静寂を取り戻し、ふと辺りを見渡してみた。



正面に窓があり、右手にベッド、左手に学習机と本棚…


何の変哲もない至って平均的なシンプルで面白みも無い部屋である。



窓の向こうには、木々が生い茂り、その向こう側に街並みと広がる海が見える。

目線の位置からしても高台に位置していることは一目瞭然である。


海には大きな貨物船が浮かび、ゆっくりと動いている。



―まだ覚醒は早いぞ…



「はあっ!?」


素っ頓狂な声を出して、周りを素早く窺った。



幽霊!?


「んなわけあるか。」


「最近、何だか知らんが疲れてるんだろう。多分そうに違いない。」


頭を搔きながら大きなあくびをしながら言った。



再びリビングに戻ってみると、コマチはすっかり身支度を済ませて出かけるところであった。


「さっきも言ったけど、今晩は遅くなるから…」


コマチは、そそくさと玄関に向かい靴を履いて玄関の扉を開けて、振り向きざまに…


「流しの洗い物よろしくね~。てへ」


扉の向こう側の光の中に吸い込まれていった。



「ぬしも策士よのう…」


ガクッとうなだれながら台所へと向かっていった。

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