・99・事情聴取
タイミング良く、そこに注文していたスイーツが届く。
ウォーの頼んだコーヒーも一緒に来て、彼はさっそく一口飲んだ。
ミーの前におかれたのは、オシャレな小さいガラスの器に入った艶やな濃茶色。
添えられたデザートスプーンで一口食べれば、確かに鼻と口に深い甘みが広がった。
舌触りも滑らかで、ほど良い重さだ。
思わず顔が綻んだミーを覗き込んで、
「……おいしい?」
尋ねたキムに、こっくりと大きく頷く。
「……そう」
目を細めて、キムはミーの頭を二度撫でた。
んんっ、と咳払いの音に、ミーははっとして顔を前に向ける。
口元に手を当てたウォーが、複雑そうな表情をしていた。
一瞬、ウォーの存在を忘れていた事にミーは恥ずかしくなったが、そそくさとスプーンを置いて、姿勢を伸ばす。
「あー、いえ、食べながらでも構いませんが……。えー、では、本題に入らせて頂きます」
テーブルに組んだ両手を置いて、ウォーは話を始めた。
それは、昨夜の事件についてで、キムから一応あらましは聞いているが、ミーから見た事件の内容を確認するものだった。
まず、始めにミーが本当にヘキサアイズかどうかを確認する。
数秒、ミーが瞳を青く変化させると、ウォーは改めて納得したように頷いた。
そして、リリとの出会いからミーに確認を始めた。
「……つまり、それ以前までは、斜陽リリとは全く面識はなかったんですね?」
はい、と答えつつ、そういえば名字も知らなかったな、と思う。
ミーが誘拐される前、ミーはリリの存在を知らなかった。
リリがミーに目をつけたのは、ミーがヘキサアイズに感染して、なぜか人間瞳状態の時に格別に美味な『人間』の香りを放つようになったからだ。
リリはどうやってミーに話しかけたか、どんな内容だったか、その後の行動は、などなどを確認される。
時折、キムにも話は向けられ、それに答えていった。
ほどなくして、話は事件の空白部分に差し掛かる。
ミーが気絶してからの出来事だ。
「ーーそして次に気がついたら、キムさんの家に居られたと」
はい、と肯定すると、ウォーはキムに視線を向ける。
キムはあの穏やかな笑みを浮かべ、少しずつケーキをたべながらも、始終ピリピリとした空気をまとっている。
しかし、ミーに触れる手は優しく、答える声も硬くはない。
それがひどく不安で、ミーはキムが気になって仕方なかった。
「キムさんは通報時に、藍塚さんがヘキサアイズに襲われた、襲った者は逃走した、と言いましたね」
「………………」
無言のまま、キムは続きを待つようにただウォーを見つめた。
「わたし達が現場に到着した時、確かに現場には二種類の血液があり、一方はかなりの出血をしたようでした。しかし、それは藍塚さんではなく、彼女を襲ったヘキサアイズ、つまり斜陽リリの方です」
そう、あの時ミーを攻撃しようとしたリリのテールと左足を、ミーは容赦なく切り落とした。
それゆえ、その場にはリリの血液が大量に溜まっていたはずだ。
「『人間』であるーーとその時わたしは信じていましたのでーー藍塚さんが、ヘキサアイズに出血させられる訳がありません。ですから、わたしは貴方が斜陽リリを撃退したのかと考えました。しかし、貴方はただ逃亡した、と仰った。……藍塚さんを傷つけた相手を、貴方が逃がすとは思えません」
とても真剣なウォーのその発言に、ミーは一人ひっそりとドキドキした。
キムがミーを守ってくれてるのは分かっているが、改めて他人に言われると、なんだかむずがゆい。
つい目が泳いで、横目にキムを窺えばーーーーなぜかキムは薄っすらと笑っていた。
いや、キムの笑顔は標準装備であるが……その笑みは、まるで刃物のよう。
機嫌の悪さを醸し出していた冷笑ではなく、不用意に触れた者を切り裂くような、どこか酷薄さを見せた微笑。
ミーの知らない、キムの姿があった。