・97・違和感
数秒の内にそう思考して、しかし、ミーは自分の考えに違和感を覚える。
確かにキムはこれまで何度もミーを『甘い』や『おいしそう』とは言ったものの、ここまで暴走した様子は見た事はなかった。
キムは初めて会った時から一貫して紳士的な態度であったし、多少強引な部分はあれど、キム自身が後悔を見せるような身体接触ーーキス、など決してしなかったではないか。
それに今までに二人きりの時は、なんだかんだキムはヘキサになっていた上、外でも頻繁に変化していた。
今朝から今にかけての、我を失ったようなヘキサへの変化など、一度も見た事がない。
ミーはキムの不可解な態度への恐怖心も忘れ、どうしちゃったんだろう…、と心配げにキムを見やる。
泣きそうな表情のまま、キムは立ち上がった。
躊躇うように視線を泳がせた後、ゆっくりと口を開く。
「……オレの、こと…恐く、なった……?」
掠れた声音。
それがとても寂しげに聞こえて、ミーは慌てて首を横に振る。
で、でも、どうしたの…?と、思わず問い返せば、キムは口を閉ざして目を逸らした。
その様子に、やっぱり私の事が食べたいのかな、とミーは先程の推測に確信を持つ。
キムはミーを食べないと宣言した手前、決してそれを認める事はないだろう。
ミーを守るという事はつまり、ミーを食べたいと思っているキム自身からも守らなければいけないだろうからだ。
もしくは、認めたら最後、自制が効かなくなってしまうのかもしれない。
ミーはその部分について追求するのはやめよう、と思った。
キムをいたずらに苦しめたくなかった。
ミーはぎこちなくも笑みを作り、キムそろそろ仕事、時間じゃない…?と話題を変える。
と、キムは横目にミーを見やり、考えるようにふっと真顔になった。
それに、ん?と首を傾げ返答を待っていれば、キムはデニムのポケットを探りスマホを取り出した。
数秒何か操作をした後、いつもの微笑を浮かべて、ミーに向く。
いや、どこか冷たさの感じるそれに、ミーは知らず一歩後ずさった。
え、なんでちょっと怒ってんのっ……?、と焦る。
スタスタとミーの前に近寄ったキムは、にっこりしながらガシリ、とミーの腕を掴む。
「……今日、一日空いてる…よね?」
妙な圧力にビビりながら、う、うん?となぜか疑問符で肯定する。
「……灰原ウォー、に呼ばれてる。……事情聴取」
事情聴取、とオウム返しに口に出して、ミーは一瞬理解できずに黙った。
次の瞬間に、えっ、とキムを見上げれば、さっきより笑みを深め、冷気の増した丹精な顔が見下ろしてくる。
「……前のカフェで、だって。……行くよ、ミー」
有無を言わせないキムの笑顔は、やっぱりやっぱり恐かった。