表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
六角瞳  作者: 有寄之蟻
真相編
95/114

・95・夢幻の紫

数秒、キムはミーに気がついていないかのように、ふるふると瞳を震わせた。


そして我に返ったように目を丸くすると、一瞬で瞳は薄い茶色に色を変える。


さらに、波が引くようにその表情は、いつもの微笑みを描いた。


……今のは、一体なに?とミーは呆然と思った。


まるで一瞬の幻のような。


目を見張って固まるミーに、キムは首を傾げて、


「……どう、かした?」


と、心底不思議そうに聞いてくる。


どうって……、と言葉が見つからないミーに、キムはそばにあったビニール袋を掴んで近寄ってくる。


「……これ」


と、差し出されたのは、昨日ミーが着ていた服で、あ、ありがとう、とミーはまごつきながらも言った。


そこでハッと固まり、そろそろと袋の中を探る。


そこにばっちりと肌着が入っていて、ミーの心は様々な感情が吹き荒れた。


主に羞恥心とか、羞恥心とか、羞恥心とか。


それを平然と渡してくるキムってどうなの?とか、いや、そもそもなんで洗ったんだろうとか、あぁでも、洗ってくれたんだよね……、などとごちゃまぜになった思考。


知らず赤面してきたミーの様子に何を言うでもなく、キムはミーを玄関へと導いた。


されるがままについていったミーだったが、扉を開けようとしたキムに、ちょ、ちょっと待って!と静止をかける。


どこに行くのかと尋ねたミーに、


「……ミーを、家に送ろう……と思ったんだけど…?」


至極当然のように返されて、あ、なるほど、と納得した。


確かにいつまでも人の家に邪魔しているわけにもいかない。


夜にはバイトがあるし、明日は普通に大学があるのだ。


それに借りた服も洗って返さないと、と新たに考え始めたミーを連れてキムは扉を抜け、鍵をかける。


アパート近くの駐車場でバイクに乗った二人は、ミーの家へと向かった。




◆◆◆




家に着いて、ミーは大学が休みだが、キムはいつも通り仕事があるため、キムとはすぐに別れると思っていた。


しかし、キムはバイクを道路の端に止めると、ミーの家に上がってきた。


仕事大丈夫なの?と聞けば、キムはわずかに黙った後、頷く。


それを不思議に思ったものの、ミーはそうなんだ、と受け入れてお茶の準備をする事にした。


さすがにココアではなく、あったかい麦茶を出す。


そして、そそくさとビニールに入っていた昨日の服を片付け、新しい服を用意すると、トイレに入って着替える。


着ていたキムの服を丁寧に畳んで、洗面所下にあるランドリーボックスにいれておいた。


トイレから出ると、キムはいつものクッションに座り、出されたマグカップに口をつけている。


ミーは今日二度目の驚きとともに、小さく息をのんだ。


まただ、と思う。


どこを見るでもなく、ただぼんやりと前方を向くキムの瞳が、あの儚い紫に染まっていた。


その様があまりにも静かで、息もしてないように見える。


急速に不安になって、ミーはキムに駆け寄った。


すぐ隣で膝をつき、顔に手を当てて覗き込む。


キムっ、と強く呼びかければ、焦点の会わない瞳が揺れて、ふいにピタリ、と目が合った。


その視線があまりにも強く、底のない透明さで、ミーは思わず身を引く。


そんなミーに、キムはゆっくりと目を細めると、ミーの手に自分の手を重ねた。


キム……?と、ポツリとミーが呟く。


キムはにっこりと美しい微笑を浮かべた後、ミーの左手の平に、音を立てて口づけた。




………………、ミーの思考は真っ白になった。




チュ、と軽ろやかな音が耳を通り抜け、手の平に触れた温かくて柔らかな感触が肘を伝い、背中を登って、全身に痺れが走る。


はっ…、と息が詰まり、ミーは目を見張った。











ーーーー甘い。











そんな言葉が、一つだけ脳裏に浮かびあがった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ