・94・用意周到≠気が利く
幸いにも、今日は祝日で大学が休みだからこそ、ミーは今こんなにもぼんやりとしていられるのだけれど、バイトは変わらずある。
ご馳走様でした、と手を合わせたミーの声に、キムがパチリと瞼を上げた。
すっと立ち上がると、食器を流しに運び、洗面所から何かを手に戻ってくる。
首を傾げて手渡されたそれを見れば、新品の歯ブラシと歯磨き粉。
それがわざわざミーのために買ってきてくれたものである事は明白で、ミーは困惑と恐怖心を隠して礼を言った。
いつ買ってきたんだろう……、と歯磨きをしながら思う。
ミーが今着ている肌着に関してもそうだ。
血まみれになったミーを、裸にするのははばかられたからだろう、キムは肌着を残してバスタオルで包み、ミーの血を洗い流していた。
故に、来ていた肌着は濡れていて、着替える時にミーはそれに気がついた。
どうしよう……、と悩んだミーがキムに問いかければ、キムの服と共に、新品の肌着が差し出された。
…………え、と一瞬思考が停止したミーに、キムはわずかに目を逸らしながら、
「……さすが、に貸せないから……買ってきた」
あのキムでも、さすがに女性物を買うのは気まずかったのかもしれない。
ミーは正直ちょっと引いてしまったのだが、いや、ノーブラノーパンよりはましっ!と一瞬で思い直して、ありがたく着させてもらった……のだが。
あの時に、歯ブラシも買ってたのかなぁ……、と口をゆすぎ、これまた借りたタオルで拭いながら考える。
ちょっと、いやかなり……用意周到すぎる、気がする。
いやいや、とても気が利く、とも考えられる。
心中悶々としながら洗面所を出ると、ソファタイプに変形されたそれにキムが座り、何をするでもなく、窓の外に顔を向けていた。
その横には、ビニール袋が一つ置いてある。
ゆっくりとミーの方へ振り返ったキムの表情に、ミーは驚愕してさっきまでの思考が吹っ飛んだ。
シャープな輪郭で象られた丹精な顔は、不可思議に歪んでいた。
泣きそうな、でも笑おうとしているような、怒っているようにも見えて、無表情にも見える。
窓を後ろに影の濃い顔の中でボゥッと光を放つ紫の虹彩。
ーーそれは、昨夜お風呂場で消えてから、初めての六角瞳だった。