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六角瞳  作者: 有寄之蟻
真相編
93/114

・93・ヤサシイ朝

まだ完全には目覚めていないぼんやりした頭で、ミーはほかほかのおにぎりを食べていた。


中身は昆布のよくあるやつで、特に好きでも嫌いでもなかったが、普通に美味しい。


海苔は軽く炙られてパリパリだし、温かいご飯はお腹を優しく刺激する。


目の前のローテーブルには他に、もう一つおにぎりと、お揚げと豆腐の味噌汁に、胡麻とほうれん草の甘和えが並べられている。


キチンとした朝食だ。


それを作ったキムはすでに食べ終わったらしく、今はミーから対角線の部屋の隅で床に座り、スマホで音楽を聞いている。


いつも慌ただしい朝は、パンだったり間に合わせで作っていたミーは、整った朝ご飯を見た時、鈍く感動した。


ミーは、おにぎりを一旦置き、味噌汁を飲む。


塩加減は少し薄めで、しかし、出汁がしっかりと出ているのか、旨みがある。


パックで簡単に作れる味噌汁では出せないそのおいしさに、キムの女子力をひしひしと感じた。


ミーは心の隅でしみじみとしながら、そぉっとキムに視線を向ける。


長い足を片方立て、片方を伸ばし、壁に身を預けて目をつむる姿は、朝の光の中で儚い美しさを醸し出す。


ともすれば、すぅーっと消えていきそうな。


リズムに乗ってるのか、わずかに頭を揺らす様子をじっと見つめ、やがてそっと視線を目の前に戻した。


おにぎりを手に取り、食事を再開しながら、ミーはポツリと思う。


キムが優しすぎてコワイ、と。




◆◆◆




昨日、あの後ミーは血を流すためお風呂を借り、服もキムの物を借りた。


その時初めて、ミーは自分がキムの家にいる事を知った。


その間にキムも自身の服を着替え、ミーの服と共に洗濯をしてくれていた。


さらに、夕飯を作り、ソファベッドまで提供しようとした。


しかも自分は床で寝ると言って。


さすがにミーは遠慮した。


それはもう必死に。


散々、迷惑・心配をかけて、いろいろしてもらった上にベッドは使えない、と。


しかし、キムはあのほんのりとした微笑みを浮かべて、頑なに譲らなかった。


しかも優しく、けれど抗えない力でミーをベッドに寝かしつけ、寝るまでそばにいるから、と言い出した。


極めつけにゆったりと頭を撫でられると、自然と安心して身体から力が抜けてしまい、ゆっくりと眠気が近づいてくる。


過ぎる程の優しさに泣きそうになりながら、最後にありがと…、と伝えてミーは意識を手放した。


そしてーー朝そっと揺り起こされてみれば、綺麗な微笑と共に揃えられた朝食が用意されていたのだ。


ご飯に手をつけるまでを、じっと見つめていたキムは、


「……おいしい?」


と一言尋ね、ミーが頷いたのを見て、「……よかった」とほっとしたように笑みを深めた。


ゆっくり食べていいから、と伝え、それから部屋の隅で現在。


ミーが不安になるほどーーキムが優しい。


いや、キムが優しい事は今に始まった事ではないのだが。


しかし、お風呂から上がってから今まで、ミーを責めるような言葉も出なければ、あの事件に触れる事もしないのだ。


それどころか、ヘキサに関する事は一切口に出さなかった。


いつものキムなら、ミーが危なっかしい事をすれば、ミーが心底後悔するくらい言い聞かせるだろう。


または、あの綺麗な紫を浮かべて、背筋が寒くなる笑顔で、優しく(・・・)ミーを諭す。


それが何もない。


まるでリリに襲われた事などなかったかのような態度が、逆にミーの不安を煽る。


思考がぼんやりしているのは、寝起きなのもあるが、なんだか深く考えるのが恐いからだ。


ちらちらとキムが気になって目をやるも、本人は目を閉じて微動だにしない。


それが光に照らされて、一体の精巧な人形に見えたりするから、別の意味でも恐くなったりする。


けれど、話しかける気にもなれなくて、もそもそとご飯を食べ続けた。

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