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六角瞳  作者: 有寄之蟻
真相編
92/114

・92・誓い

その明確な変化に、ミーは内心焦った。


以前、キムが心底怒った時も似たような表情になったからだ。


『人間』時のミーはキムにも判断がつかない、完全な人間の匂いを放つ。


かつ、ヘキサアイズは人間を食し、ミーは格別に美味な香りだった。


ミーを守り導いていたキムにとってもそれは同様で、ミーに対する食欲と理性の葛藤は、たぶん、キムが最も知られたくない事だったと思われる。


だからこそ、キムはミーにそのあたりに関する事を隠していた。


それをミー本人に真正面から言い当てられれば、確かにとてつもなく不快かもしれない。


で、でも、そんなに怒る事かなぁ……っ、とミーは慄く。


いつもの微笑みによって柔らかい印象を受けるが、元よりキムの美しさはどちらかと言えばシャープな輪郭によってなっている。


感情の浮かばないその顔は、いまや冷たい氷の彫像のどこき鋭さで、ミーを貫いていた。


思わずひくりと体が跳ね、じわりと涙が滲んでくる。


ミーだって何も考えずに言ったわけではないのだ。


キムの苦しみをどうにかしたくて、理解したくて、和らげたかったのだ。


その対象であるミーが受け入れる事で、キムの悩みがわずかでも解消されるなら、との思いからの発言だった、のだが。


「……………」


さながら時が止まったかのごとく。


しばし、両者は見つめあったまま、動きを見せなかった。




◆◆◆




先に耐えきれなくなったのは、 ミーだった。


……うっ、とわずかにうめき声をもらして、ついに涙腺が決壊した。


一気に視界が滲み、くしゃりと顔が歪む。


力の抜けた両手がキムの頬を滑り落ちてーーぐ、と熱い手に掴まれた。


ハッとして顔を上げるも、ぼやけた景色では色の違いさえ曖昧だ。


ふぅ……、と疲れたような吐息が聞こえた。


「…………ミー」


何かを抑え込むような、いつになく低いキムの声。


な、に、と問いかけるも、嗚咽に締まった喉は音を伴わず、掠れて消える。


「ミー……ヘキサ、に」


掴まれている手首に伝わる、キムの震え。


それがミーの胸を締めつける。


言葉の意味が分からず首を傾げれば、


「……ヘキサに、なって…ミー…っ…」


どこか切羽詰まった声音に、反射的に従った。


感覚的な変化がミーにはないため、ちゃんとヘキサになってるかなぁ……なってるはず、たぶん……、と心中不安になる。


「……ありがと」


わずかに柔らかくなったキムの声。


それにほっとしたものの、要求された理由が気になる。


瞬きを繰り返し、掴まれていない方の手で涙を拭う。


と、するりと手が離された。


そしてそっとミーの身体を持ち上げたキムは、ミーの下にあった足を抜き、立ち上がって距離をとった。


やっとはっきりした目で見上げれば、ほんとうに微かな笑みを刷いたキムが静かに見下ろしている。


その瞳は色素の薄い茶色で、その小さな事実にミーはひどく驚いた。


知らず目を見張ったミーが、無意識に口を開きかけて、しかし、キムの平坦な声が先に言葉を紡いだ。


「……オレが、ミーを食べることは……絶対に、ない」


ゆっくりと唇を結んで、ミーは真剣にキムを見つめる。


一語一句、聞き逃さないよう、耳を澄ませて。


「……ミーの甘さ、は…確かに、オレを惹きつける……けど」


ぎり、とキムは両手をきつく握りしめる。


「でも……どんなに、ミーがおいしそう、だとしても……


オレは絶対に、ミーを食べたりしない。


……オレは、ミーを守る…から」






ーー静かで、低く、強い決意のこもった声だった。


とうに涙は止まっていたのに、伝わってきた想いに、肌が粟立った。


再び潤んだ目を両手でおさえながら、……うん、と大きく一度、ミーは頷いた。


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