・89・お願い
ねぇ、とミーはリリに語りかける。
リリがヘキサだという事は知っていた。
キムがヘキサだというのもそう。
それは、自分もヘキサアイズだったからだ、と。
人間を食べるのは……初耳だったが。
淡々と、笑みながら話すミーを怯えた眼差しでリリは見てくる。
それがなんだか悲しく思いながらも、ミーは言葉を続けた。
なぜか自分は人間瞳の時人間そのものの匂いがするらしいが、六角瞳になればはっきりとヘキサの匂いに変わる。
テールも使えるし、ヘキサなんだ、と。
自分はキムと同じようにヘキサに感染したからお互い知っているし、リリの事はキムに教えてもらった。
ミーの事を狙っている、という警告の意味は分からなかったが、もう理解した。
キムが隠していた本当の内容も見当がついた。
自分を食べ物として見なし、実際さっき血を飲まれまでしたが、ミーの中には、リリに対する敵意や失望のようなものは不思議となかった。
今、両手とテールを拘束され、抵抗もできずに怯えている相手に、害を加えるような気分になどならない。
いっそ冷徹とまで思える程にミーの心は凪いでいて、すでにリリに対する興味自体がほとんどなくなっている。
意識が向くのは、未だ姿も気配も見せないキムの事だ。
出血はヘキサの治癒力ですでに収まり、傷口もあと少しで完全に塞がるはず。
六角瞳状態だから、ミーに感じるのであろう食欲もわかないはずだが。
ミー達の元へ来れない何かが起こったのだろうか。
そんな心配がむくむくと湧き上がるのを努めて押し込めて、リリにお願いをする。
私はヘキサだから、食べるのはやめてほしい、大学でも今まで通りに接してほしい、と。
きっと積極的な交流はキムが許さないだろうし、一応食べかけられた身だ。
見かけたら挨拶する、それくらいの関係なら許容範囲だと考えたのだ。
「……なに、それ」
それを聞いたリリは、不快そうに顔を歪めた。
「アタシ、ミーちゃんのそーいう呑気なとこ、大っ嫌い!!!」
そして、そう叫んだかと思うと、ぐい!と無理矢理自分のテールをミーのテールから引き抜き、両手を拘束するミーの腕めがけて振りかぶった。
その先端は薄く鋭く変形しており、ミーの腕を切断する意図が現れていた。
リリからの、ミーに対する明確な敵意だった。