・88・形成逆転
どれだけ苦しかっただろう。
どれだけ自分を責めたのだろう。
それでいて、ミーを守る事をやめるつもりも、なかったのだろう。
ミーの心を、哀しみと切なさが覆った。
涙腺が働いて、今にも泣き出してしまいそうだ。
きっと鼻のいいキムの事だ、ミーが今出血してる事にも気づいているはず。
しかし助けに来ないのは、ミーが助けを求めてないからか……血液の香りに食欲を抑えられないからか。
ずっと、一人で悩んでいたのだろうか。
そう考えれば、頼りなかった、頼りになるはずもなかった自分が情けない。
そもそも、自分が悩みの原因になっていたのだ。
「……ふふっ。あまーい」
うっとりとした声音に、ミーはリリに焦点を戻す。
唇をちろりと舐めて、目を細めるリリ。
上目遣いにミーを見下ろし、
「こーんなに甘いなんて、想像以上だよー!最っ高。あー、血をだけじゃなくて、お肉も食べたい…」
捕食者の眼でじっとりとミーの全身を見据えた。
その温度のない冷徹な視線に、ミーの身体は凍えていく。
だが、それと同時にミーの精神も冷静になっていく。
それはミーが誘拐されて二度目に目を覚ました時、なぜかヘキサアイズになっていた時と同じ状態だった。
異常な程の冷静さ。
熱く怪我の警報をしていた痛みが遠ざかり、皮膚が再生していくのが感じられるよう。
ミーの顔に目を留めたリリが驚愕したように目を見張った。
「……え!な、なんで、どーいう事!?そ、その目!」
ミーの手を離して後ずさり、指さして動揺するリリ。
それには応えず、ミーは久しぶりにテールを伸ばした。
「な、なななんでテールが!?目にっ、テールにっ、なんで……っは!?」
わなわなと、ミーがリリらしいと思っていたどもりで目を泳がせ、リリは何事かにさらに驚く。
ミーはゆっくりとリリに向かって歩きながら、テールをリリの手に伸ばす。
「えっ、やっ、こ、来ないで!ヤダ!な、なんで……なんでミーちゃんヘキサの匂いがするのっ!?」
混乱のあまり腕を振り回すリリの両手を右のテールで拘束しながら、ミーは薄い笑みを浮かべて答える。
……だって、私ヘキサだもん、と。
愕然と目を見開くリリ。
「う、嘘だ!嘘嘘嘘!だってあんなにおいしそうだったのに!すごく甘かったのに!なんでなんでなんで!ぜんぜん甘くない!ヘキサになってる!」
だからヘキサなんだってば。
左のテールでリリのテール二本を捕まえて、呆れたように呟く。
二人の立場は、完全に逆転していた。