・86・分かってなかった
心臓の音が、耳の奥で響いている。
身体の芯から力が抜けて、足がガクガクと震えた。
ニコニコと話すリリに怯えながら、ミーはやっと全てを理解した。
最悪の方法で、最悪の結論だった。
一言で総括するなら――――どうしようもなく、キムの言う通りだった。
ミーは決定的に警戒心がなかった。
危機感がなかった。
それはミーが知らなかったからだ。
そう、知らなかった。
ヘキサアイズが人間を食べるなんて。
そしてなぜか『人間』の匂いをまとうミーが、魅力的な獲物だと思われていたなんて。
しかし、それはミーが知っているべきだったか否かで問うなら、きっと知っている必要はなかった。
そして、実際にキムは隠した。
ミーを守るために。
もし知ってしまったら、ミーは日常を過ごす事はできなかっただろう。
大学に通い、バイトをして、たわいのない生活を送る事など、できなかったはずだ。
恐怖で家から出られず、誰も信じられない、そんな状態になっていたかもしれなかった。
キムは本当に、たくさんの事からミーを守っていたのだ。
それでも、ぽろぽろと、キムは零していた。
『……ミーは、甘い』
『……無視、できないくらい』
『……ミーは、おいしそうなの』
『……あいつは、オレを狙ってるんじゃない。……ミーを、狙ってるんだよ』
『……でも、ミーを守る…ためだから』
『……ミーは、全然分かってない』
キムはどんな顔で、どんな声でそう言っていた?
どんな気持ちで。
キムの言う通りだった。
ミーは全く分かっていなかったのだ。
キムが怒るのも当然だ。
彼の苦労も苦悩も努力もごまかしも、みんなミーのため。
キムはいつだってミーのためを思って行動している。
それを知っていながら、きっとミーは根本的には信じていなかったのだろう。
だから、もっともっと、と望んでしまった。
そしてその結果が、キムがミーから遠ざけて守りたかったものを真正面から投げつけられて、砕けかけている。
恐怖に震えている。
命を狙われるという、恐怖に。
緑に光る目を細めてミーを睨めつけるリリは、とてもシャイで可愛らしい女の子には見えなかった。
猫の様だと思った印象よりも激しく、獲物を狙う肉食獣の気配をまとっている。
彼女の後ろでは一度しまわれたオレンジのテールがゆらりゆらりと揺れている。
それがやろうと思えば一瞬で自分の身体など切り下ける事を知っているから、ミーはピクリとも動けなかった。