・85・なに?知らなかったの?
驚くでも、何か言うわけでもなく、ただわずかに顔をしかめたミーに、リリはミーちゃん?と首を傾げる。
ミーは遅まきながら、あ、え、どうゆう事?と動揺したようにしてみる。
リリは訝し気に眉を寄せ、ミーの肩から手を離して、一歩距離をとる。
「……ミーちゃん、もしかして知ってた?」
腕を組み、首を傾けて見下ろしてくるリリは、彼女らしくなく威圧的だ。
その様子に驚き、それ以上にまずいっ、とミーは焦った。
とっさに、ううん!知らなかった!と否定したが、
「でも、ぜんぜん驚いてないよね?アタシがバラしたのもあんま驚いてなかったし……やっぱおかしいと思ってたんだよねー」
誰、この子。
ーーヒヤリ、と。
ミーの背筋に冷たいものが走る。
やさぐれたような口調、まるで道端の石でも見るような目でミーを見下ろすリリは、ミーの知る彼女ではなかった。
ミーは目を見張り、口からリリちゃん……?と呟きがこぼれる。
リリは独り言のように言葉を続ける。
「今まで何回か大学でミーちゃんを見かけたけど、こんなおいしそうな匂いはしなかった。なのにいきなり最高においしそうになってるし。しかも見かけないイケメンヘキサがぴったり張り付いてるわ、彼氏とか言われてるわ。無い無い。ヘキサと人間が恋人とか無い。こんなおいしそうな人間を食べずにいられるヘキサなんていない」
……は?と。
次々と流れ出す言葉にただ呆然とリリを見ていたミーだが、聞き捨てならない言葉に反応する。
『おいしそうな匂い』?
『こんなおいしそうな人間を食べずにいられるヘキサなんていない』?
食べる……って何?
誰を?
……人間?
誰が?
……ヘキサ、が?
どうゆう、こ、と?
虚ろに、ぽつりとこぼれた疑問に、リリはあれー?と嫌らしく口角を上げた。
「あれれー?ヘキサが人間を食べるのは常識なんだけど……なに?知らなかったの?それとも、それは教えてもらえなかったのー?」
ミーの顔を覗き込みながら、ニヤニヤとリリは告げる。
曰く、突然食欲をそそる香りを放つようになったミーに目をつけた。
しかし、ミーの側にはすでに一人のヘキサ、つまりキムがいた。
ヘキサアイズのルールで獲物の横取りはマナー違反になるが、確認のため、キムが好きだという口実でキムに確かめにいった。
すると案の定キムは、ミーをキープしているから手を出すな、と言われた。
しかし、いつまで経ってもミーを食べる気配がない。
そこでリリは決めた。
だったらアタシが食べていいよね?と。