・76・少しずつ
キムが手早く作ったのは、オムライスだった。
フワフワの卵にケチャップライスはほど良い酸味があって、普通においしい。
クオリティの高さに、キムの女子力を感じてミーはひっそりと落ち込んだ。
食べながら、ミーは途中で眠ってしまった事、キムがベッドに寝かせ、一度自分の家に帰った事、二人とも夕食がまだだったため、食材をついでに持ってきた事、そしてキムが帰ってきた時ちょうどミーが目覚めた事を聞いた。
あまり時間は経っておらず、11時半頃くらいだ。
泣き疲れて眠るなんて子供みたい、とミーは恥ずかしくなる。
しかも夕食まで作ってもらってしまった。
ここ数日そっけない態度をとった上、怒って泣いたミーにここまでしてくれるキムはやっぱり優しい、と改めて感じる。
食事が終わって程なくして、キムは帰っていった。
明日も迎えに来る、としっかり念を押して。
ミーも素直に笑って頷いた。
苛立ちも怒りも情けなさも、納得するのは少しずつでいい。
今日はもう遅いし、キムにも仕事があるし、と考えて見送った。
・
・
・
「……ねぇねぇ、ミーちゃん」
そう声をかけられたのは、昼食が終わって午後の講義まで少し、という頃合いだった。
今日も今日とて鮮やかな緑の瞳が、高い位置から上目遣いにミーを窺う。
フワフワのアッシュブラウンの髪に猫のように大きな目。
紺色のカットソーに黒いデニム、よく使い回しているのか紺色のバッグを肩にかけた、女子生徒。
久しく近づいてこなかったリリだ。
キョロキョロと周りを気にするようにしながら、控えめにミーを呼び止めてきた。
ミーは驚きに瞬きしながらも、どうしたの?と足を止める。
「ちょっと話したいことがあるんだけど……」
声を潜めるリリに、内緒話なのかとミーはそばに近寄る。
リリは手を忙しなく組み替えながら、
「あのね、あんまり人がいるとこじゃできない話だから……場所移動しない?」
へにゃりと眉を下げる。
なんだろう、と思いながらも特に考えずミーは了承して、人のいない場所、と校内の端っこに向かった。
そこは校舎と大学を囲む塀の狭い隙間で、道でもなし、用もない人は通らない、人気のない場所だ。
キムと合わせてから挨拶しかされてなかったのに、わざわざ私に話したいことってなんだろう、と内心首を傾げつつ、ミーはリリに向き合った。
誤字:茶髪→アッシュブラウンの髪に修正。