・72・そんなに弱くない
ミーは一瞬惚けた後、キムにちゃんと聞いたのだ。
狙ってるって、どういう意味?と。
しかしキムは微笑んだまま口を閉ざし、ミーの顔から手を離し、瞳を元の薄茶色に戻した。
そして戸惑うミーに気づいているはずなのに、手を引いてカフェを出て、……バイト、いっらっしゃいと言ってのけた。
ミーはキムに対して抱いた事のない苛立ちを覚えたが、実際時間もなかったため、不満を飲み込んで出勤した。
それからミーの中には、キム対するもやもやとした感情がある。
悩んでいるというより、怒っているのだ。
優しく、ミーを守り導く、キム。
ミーのために心を配り、真剣に悩んでくれる人。
そんなキムの行為も厚意も、ミーは有難いと思っていたし、素直に受け入れていた。
しかし、ミーにとって何か重要な事を知っていながら、それを伝えない、あるいはその断片を見せながらもすぐに隠すキムの態度に、さすがのミーも怒りを覚えてしまう。
そのせいで、ここ数日キムにどこかそっけない態度をとってしまい、友人達にはケンカかぁ〜?と心配されてしまう始末。
他人から見ても分かってしまうのなら、キムも気づいているだろうに、彼は変わらなかった。
相変わらず送り迎えは続いているし、恋人と間違われるようなスキンシップもされる。
そういえば、この前のお説教の時も、あと数cmで唇が触れ合う距離まで近づいた。
話の内容が内容だったために、あまり意識しなかったが、あれこそ恋人がする事だろう。
キムは自分の事が好きなのか?と前考えた問いの答えはまだ出ない。
というより、答えを出すのはミーではなく、キム本人だ。
ミーが出すべき答えは、自分はキムの事が好きなのか?と方だが、心中に渦巻く怒りのせいか、なんだかよく分からなくなってきた。
キムを悩ませたくない、苦しめたくないと思う程度には大切だと思ったし、それは変わらない。
しかし、どこかミーに対して隠し事をするキムに、そんなに自分は頼りないのかなぁ、と落ち込んだ気持ちが浮かぶ。
確かにミーは力なく危なっかしいのかもしれないが、そんなに大切に囲って守らなければならない程か弱くはないはずだ、とミーは考えていた。
キムの善意が理解できる分、自分がある種弱い存在だと思われている事も理解できていたのだ。
つらつらと、止めどなく、そんな事をバイト中に思考する。
客の前では自然と笑顔になるが、裏に行けば、途端にため息が出てしまう日々だった。