・70・分かってない
なんだか悲しくなった。
騙された、とも思ってしまう。
しかし、リリにそんなつもりはないのだろう。
なぜなら人間瞳状態のミーは、ヘキサのリリからすれば『人間』なのだから。
かつ、ミーには同種を判別する本能がなかった。
事実はそれだけ、と言える。
そして、それならリリがキムに恋する理由も分かる。
ヘキサは、その生態があまり人間と変わらない。
身体構造はほぼ同じで、生殖のしくみも一緒だ。
つまり男女でアレコレ行い、妊娠して、子供が生まれる。
だから、ヘキサ同士恋愛もするし結婚もする。
そうやって純血のヘキサアイズが誕生するのだ。
リリは、前から気になっていた、と言っていた。
実際、本当はずっとキムに近づくきっかけを探していたのではないだろうか。
そんな時偶然、イケメンヘキサに送り迎えされている噂の女の子ーーミーにぶつかった。
リリはチャンスと思ったのだろう。
そして結構グイグイと押して、狙い通りキムに紹介してもらえる所だった。
そこで、あぁ、とミーはさらに悲しい可能性に思い当たる。
もしかして、ぶつかったのも、偶然じゃなかったりして、というもの。
そもそも、ヘキサアイズは人間に正体がバレないよう、常に気を張り、演技しているようなものだ。
『人間』のミーに偶然を装って知り合うのも、たとえシャイだとしてもできるのではないか?とミーは考えて、ずーんとなる。
危機感が足りない、というキムの言葉が刺さる。
ほんとにその通りだなぁ、と情けなくなった。
落ち込んで俯いたミーの頭を、キムがぽんぽんとする。
「……ミーは、分からないから、仕方ない。……でも、常に気をつけないと」
優しい口調に、素直に頷いた。
まるで叱られた妹と兄のようだ、と場違いな感想が浮かぶ。
もっとも、ミーは一人っ子なので、兄ってこんな感じかな、という程度だが。
でも、ヘキサなら、キムに直接言った方が良かったんじゃないかな、とミーがもらすと、キムはわずかに固まって、ミーの頬を両手で挟んだ。
顔を固定されて、キムと目を合わされる。
なぜか、キムが呆れたような視線を向けてくる。
な、なんだろう、と今更な恥ずかしさを感じつつ、ミーは不安げに紫の瞳を見上げた。
「……ミーは、全然分かってない」
どこか憮然とした声音に、ミーも少しむっとする。
「……ミーは、おいしそうなんだよ?……しかも、とっても」
以前にも言われたその謎の言葉に、それってどういう意味?と聞く。
しかし、キムはわずかに口を閉ざすと、首を横に振った。
やはり教える気はないらしい。
そして、次の瞬間、ミーの予想もしない事を言った。
「……あいつは、オレを狙ってるんじゃない。……ミーを、狙ってるんだよ」
その内容は、一瞬遅れてミーの頭に入ってきた。
え?と、単純に意味が分からなかった。