・69・リリは、
キムの微笑みは標準装備だ。
機嫌の良し悪しに影響されない。
実際、見かけはにっこりしたのに、ミーからすれば明らかに怒っていたりする。
オロオロと、唇を噛み締めて考え込むミーの唇を、キムが親指でそっとなぞる。
それにハッとして、目を上げれば、キムが真剣な眼差しでミーを見つめていた。
ミーの顎に指を添えて、キムは顔を近づける。
その瞳はすっと紫に光り、ミーは吸い込まれるように見つめ返した。
「……ミーは、さ…。……ここまで近づいても、オレのヘキサのにおいは…分からないでしょ?」
鼻と鼻が触れ合いそうな距離で、キムは囁く。
その低い声音に、わずかに湿り気が交じった
事に、ミーは気づく。
そして言われた言葉に、なんとなく、キムが言いたい事を悟ってしまった。
超至近距離。
あと少しでキスできてしまうような距離に置いても、ミーに分かるのはキムの髪の香りくらいだ。
以前気になって尋ねれば、某爽快感が売りの男性用シャンプーを使っているらしく、爽やかな印象を持った香り。
ミーはわずかに首肯して、目を伏せた。
「……オレはね、嗅覚が特化してる。……ミーの甘いにおいと、他の人間のにおいを……区別できる。……ヘキサのにおいも、同じ。……他のヘキサは、同種が分かるだけ。……でも、オレは、オレのにおいと…ヒロ達五人のにおい、そして他のヘキサのにおいが、区別できる」
囁くキムの声は、湿り気を増していって、ミーの胸を締め付ける。
あぁ、またキムが泣きそうになってる、と。
なにか、悩んでいる。
私のせいで、とも思う。
「……昨日、ミーからとても濃く…知らないヘキサのにおいが、した」
ミーはハッと視線を上げた。
キムは微笑みを取り戻していて、でもそれはどこか歪んでいる。
ミーには、もう事態が完全に理解できてしまった。
それって……、と言いかけたミーの唇に人差し指を立て、キムは止める。
「……ミーは、人とぶつかったって言った。……オレは、まだ偶然…だと考えたけど……」
次の日、私に声かけてきた、とミーが続けると、キムはうんと頷いた。
ミーはふー、と少し深呼吸をして、キムの瞳をまっすぐに見据える。
リリちゃんは、ヘキサアイズなんでしょ?
ミーの言葉に、キムはもう一度、歪んだ笑みで首肯した。
2016/3/21
誤字:自体→事態に修正。