・68・怒りのキム
キムが怒っている。
それはもう、完全に怒っている。
ミーは慄いていた。
慄きを通り越して、もはや怯えてしまう。
美人の不機嫌顔は恐い。
真顔も恐い。
それと同じくらい、普段優しい人は、怒るととても恐いという。
めったに笑みを崩さないキムが、表情を無にしている。
それだけでも結構恐いのに、雰囲気さえもピリピリとして、いかにも怒ってます、という空気が恐い。
さらに言えば、その怒りの理由がミーには思い当たらないからなおさら恐い。
とにかくコワイコワイコワイと心中念仏のように連呼しながらも、ミーは大人しくキムについていった。
ヘルメットを渡され、装着。
先にバイクに乗り、次に跨ったキムの腰にしっかりと腕を回す。
これを、変に恥ずかしがったり遠慮すると、大変な事故に繋がると言い聞かせられたため、羞恥心を黙殺してやっている。
いつもは一言声をかけてから行う発進も無言で、キムの怒りの度合いが感じられた。
そのまま痛い沈黙と共に、バイクはなぜかバイト先のすぐ手前で止まる。
キムはミーの手を引いて、そばのカフェに入った。
二人ともホットの紅茶に、彼はベイクドチーズケーキ、ミーにはガトーショコラを注文する。
いつの間にか、好みは完璧に把握されていた。
キムはココアが好きな事といい、立派な甘党男子だ。
状況がつかめないミーが困惑していると、……バイトの前にお説教、とキムが説明する。
思わずえっ?と声が出たが、じとりと見据えられて、視線をそらす。
数分して注文したものが届くと、
「……ミーは、危機感が足りない」
開口一番、低い声音でキムは言い放った。
うっ、と言葉に詰まりながら、私何しちゃったんだろ!?とミーは必死に理由を探す。
正門にいた時は、まだ普通だったと思う。
キムが怒るようなきっかけは、どこにあっただろうか。
ちょっとイラっとしてキムを睨んだ時?
冷たい雰囲気はそこから感じたが。
いや、その前の、リリに率直な質問をした時?
普段のキムなら、もっと穏やかな言葉を選んだはずだ。
いや、もしかすれば、合わせたい人がいる、と連絡した時かもしれない。
何十人と言い寄られ、キムも本当は嫌気が差していたのではないだろうか。