・54・人間…?
それにほんのり驚いて、あの、と口を開く。
と、すっと向けられた鋭い目が思いのほか怖くて、目線をずらしてしまったが、私に聞きたい事って何でしょうか……、と勇気を振り絞って尋ねた。
ウォーは嗤い顔をまたのっぺりした笑顔に戻して、僅かに首を傾げる。
「ですから、貴女がどこまでをご存知かどうか、ですよ。人間の貴女が」
…………え?
唖然として目を丸くしたミー。
あり得ない言葉を聞いた気がする。
今、この男性はミーの事をなんと言った?
『人間の貴女が』
『人間の』
『人間』
人間……?
自分が?
ミーは呆然と瞬きを繰り返しながら、自問自答した。
自分は人間か?いや違う。
数日前、あの地下施設で確かに自分は変わってしまった。
テールもあるし、目も光る。
返ってきてから、何の抵抗もなく日常には戻れたけれど、家の中では割とテールも暗視能力も活用している。
確かに本能とやらはないみたいで、未だ自分の特殊能力も知らないが、ヘキサアイズのはず……だ。
そう、そのはずなのだ。
……しかし、今ウォーは、はっきりとミーを見つめて、はっきりと『人間』と言った。
これから考えられる事は?
半ば停止した頭で、思考できたのはそこまでだった。
唐突に鳴ったガタッという大きな音に、ミーは我に返る。
するとなぜか自分は立ち上がっており、片手を掴むキムも同じだ。
どうやら勢いよく立ち上がってせいで、椅子が鳴ったのだろう。
と、現実逃避のように考えていれば、キムに、
「……ミー、バイトの時間。……遅れる、よ」
その言葉に慌ててスマホを見れば、確かに後数分に迫っていた。
ヤバッ!と思わず叫んでしまい、店内にミーの声が響く。
それに身を竦めてすみません、と頭を下げた。
「おや、もうそんな時間ですか?残念です。お話しはまた今度、ちゃんとお時間がある時にしましょうか」
そう言って立ち上がろうとしたウォーを、キムが手で制する。
「……オレ、にも話…があるん、でしょ……?」
トーンの低いキムの声にミーはびっくりする。
しかし、ミーに向かっては、優しい声音で、
「……行っておいで。……後で、ちゃんと話す…から」
その差に戸惑いながらも、ミーはウォーにそれでは!と礼をして、キムには終わったら連絡するね!と言って、慌ててカフェを飛び出た。
ここからだと、バイト先へは全力で走ればなんとか遅刻しないだろう。
キムの様子が気がかりだし、ウォーの質問も気になるけど、今はとにかくバイトだ、とミーは気持ちを切り替えて走り始めた。