・48・想定外の誤解
誘拐が知られてなかったことで、それ自体の影響はなかったが、週明けに突然男に送り迎えされるようになれば、それは注目を浴びるだろう。
当然のように彼氏なのか、いつからだ、どんな人なの、今度紹介して、などと次々言われ、ミーは慄いた。
キムは端正な顔をした、高身長のイケメンだという事を忘れていたのだ。
その上、常に美しい微笑を浮かべ、ミーに触れつつ会話する姿を目撃されれば、勘違いされないほうがおかしい。
もちろんミーはできる限り否定した。
キムはあくまで知り合いで、スキンシップが激しいだけ。
とある事情で送り迎えされているが、決して誓って恋愛関係ではない、と。
しかし、ミーの抵抗も虚しく、友人たちには恋人と認識されてしまっている。
しかも、それを増強するように、一度友人の一人が、キムにミーとの関係を聞いた事があり、なんとキムは黙って微笑んだという。
なんで否定してくれないの!?とミーは愕然としたが、キムに訴える勇気がなかった。
キムがこれを提案した理由が理由だったし、あくまで彼は善意でしてくれている。
変に否定する方が怪しいのかも、とミーは半分諦めた気持ちで、もうその件についてはコメントしない事に決めた。
そんな訳で、キムとの関係での誤解はあるものの、生活自体は普通だった。
いつものように講義をこなし、ミーは帰宅しようとした。
キムにも生活と仕事があり、ミーのそばにいつもいるわけにはいかない。
キムは初め、ミーの移動を全て送ると主張していたのだが、ミーが最低限にさせたため、大学からの帰りは一人、徒歩だ。
といってもまだ午後半ばで、周囲も明るく、女子一人で歩いていても危険はない。
ミーも一応、アパート近くまでは人通りの多い大通りを通る事に決めているため、全く警戒はしていなかった。
――その時だった。
突然、前方に人が立ちはだかる。
ミーは慌てて足を止め、横に迂回しようとした。
「藍塚ミーさんですよね」
聞こえた言葉に、え?と顔を上げる。
見れば、ミーより頭二つは大きい細い黒フレームの眼鏡をかけた男が、にっこりとした表情で見下ろしていた。
知らない男だ。
身長だけでなく、体格もガッチリしている身体に紺色のスーツをまとい、その上に黒いコートを着ている。
黒い髪を後ろに撫でつけているせいか大人びて見えるが、まだ30代にはいってなさそうな男だった。
※2016年2月21日
眼鏡描写を追加。