・36・知らない
しんみりした空気を感じながら、ミーは足を進める。
思考は別れたばかりのスズに向いていた。
スズちゃん大丈夫かな、家に一人きりで寂しくないかな、お母さんはもう帰ってきたかな、と。
家に着いた時からユンに頭を撫でられて笑うまで、喜びや嬉しいといった反応が全く見えなかった。
恐怖と怯え、感情を無くした虚無感は感じられたが。
日常に帰る事による変化を予想したからだけではないだろう、とミーは推測する。
お母さんは忙しい、とスズは言っていたが、ではお父さんはどうなのか。
よく留守にするとも言っていたが、もしスズが母子家庭で、かつ兄弟もいない一人っ子なら、スズはほとんど家で一人なのかもしれない。
家族をなくし、一人暮らしをするミーは、不謹慎にもそんな仮定に親近感がわく。
近親が誰もいない事には慣れたとはいえ、時折一人ぼっちの部屋で、ミーはなんとも言えない寂しさを感じるのだ。
スズが大人しめな性格だったのも、家庭環境が関係しているかもしれない。
ミーはそこで、今さらながら、スズの事をほとんど知らない事に気づく。
知っているのは、下の名前と年齢、ヘキサである事ぐらいだろうか。
彼女の家の表札には【夜長】とあったが、それを考えると、夜長スズ、がフルネームなのだろう。
そこでミーは、ふと横を歩くキムを見上げた。
あいもかわらず、常に浮かぶ微笑は端正な顔と合間って儚げな美しさを漂わせている。
キムの事も、全然知らないや…、とミーは静かに衝撃を受ける。
名前と年齢、ヘキサである事、性格は……よく分からない。
ミーの疑問に答えてくれる優しい所、割と尋常じゃない事にも表情を変えない泰然とした所。
当たり前のようにミーの手を引き、時折真剣な瞳でミーを見つめる。
よく分からない、人。
ミーはなぜか気分が沈んできて、そんな自分になんでだ?と首を捻った。
じっと見ていたせいか、キムが横目にミーを見下ろし、
「……どうし、たの?」
と尋ねてきた。
えっ、な、なんでもないよ!?とぶんぶん首を振り、慌ててキムから顔をそらす。
明らかに怪しいミーを凝視している視線を感じつつ、ミーはなんで自分はこんなに慌ててるんだ、とやっぱり内心首を傾げた。