・2・触手
ふっとミーが目を覚ますと、なぜか彼女は手術台のすぐそばに立っていた。
手術台とその周辺の床が血みどろになっている。
男の姿はなく、部屋の電気は消えていた。
そこでミーは幾つかの異常に気づく。
部屋がほぼ真っ暗だと分かるのに、周囲がほとんど視認できる事。
血液のにおいが"いい匂い"だと感じる事。
自身がこの異常な状況の中で、異常な程に冷静な事。
あの医者っぽい男はどこに行ったのか。
なぜ自分の拘束がとれているのか。
手術台を見れば拘束具はなく、部屋の隅にまるで弾け飛んだように転がっていた。
ミーはその場で部屋を見渡し、恐る恐る探索する事にした。
その部屋には、真ん中に手術台があり、手術台の頭の方向にたくさんのモニターとキーボード、右側方向に引き出しのある棚やロッカー、左側に様々な手術器具らしき物と洗浄・消毒をするためらしきシンク、最後に足方向に机とノート、筆記用具があり、その横に扉があった。
ミーは扉に近づき、観察する。
扉は全くの平面で、把手や手を引っ掛ける物はない。
切れ目などはなく、横に開くのか、縦に開くのかも分からない。
扉の横に15×15の四角い黒い板があり、それが扉を開閉するための認証機械かもしれない、とミーは推測した。
試しに手をあててみるが、当然反応しない。
そもそも電力が落ちていたんだ、とミーは思い出す。
部屋には窓はなく、壁を叩いてみると、分厚い鈍い音がする。
完全な密室に、ミーは泣きそうになった。
扉を何度も叩いてみるが、彼女の細腕ではヒビも入りそうにない。
もっと力があれば良かった、とミーが涙を落とした時、ダン!と扉に何かぶつかった。
驚いて飛び退くと、なんと扉に丸く穴があいている!
慌ててキョロキョロとしたミーの視界に、何か黒い細長い物が映った。
横を見れば、やはり何か黒い蛇のような物が、ミーのそばでうねっている。
恐る恐るその先を辿ると、なんとソレはミーの背中から着ている服を破って突き出ていた。
黒い細長い物は、先っぽがミーの拳大程の形になっており、まるで目を合わすようにミーの方を向いている。
ミーは恐る恐るソレが突き出ている部分を触った。
ソレと身体との間になんの違和感も感じない。
さらに、服を勢いよくめくる。
と、驚いた事に、ミーのちょうど腰骨の上、背骨の真横に丸く穴があき、そこから蛇らしきものが生えているのが目に入った。
ミーは思考が停止し、しばし動く事ができなかった。
その間もソレはわずかにうねっており、しかし、ミーはソレを動かしている感覚はない。
はっとしたミーは、コレの先っぽにそっと触る。
やはりミーに触覚はないようで、なにもフィードバックは来ないが、自分の身体から生えているのだから、コレは動かせるはずだ、とミーは考えた。
そして腰に目に落とし、意識を集中させて、動け動けと念じて見た。
すると、ソレは先ほどより大きくうねる。
次に、先っぽを地面につける、と念じると、その通りになり、やっぱりコレは動かせる!とミーは確信した。
その後、しばらくソレを動かす練習をして、ミーは扉に向き合った。
扉には、ミーの頭より右斜め上に丸く穴があいている。
先程もっと力があれば、と考えた時、突然生えたコレが穴をあけたのだんだろうな、とミーは確信していた。
そしてコレに、扉を殴ると考えた。
練習の途中、わざわざ念じなくても、自分の手足を動かすように、こう動かしたいと考えるだけでソレが動く事を発見していた。
すると、ソレは考え通り、ミーの鳩尾の高さあたりをドン!と殴った。
ソレをどかすと、先程とは違い、扉は丸く凹んでいるものの、貫通はしていない。
次に、穴をあける、と考えると、同じ場所に今度こそ穴があいた。
たぶん、コレはある程度硬度が変えられて、自分の目的によって自動で調節してるんじゃないか、とミーは考えた。
ミーはあいた穴から、扉の向こうを覗いた。
正面遠くに扉があり、左右に壁が広がっている。
おそらく廊下なのだろう。
ミーはソレを使って次々と扉に穴をあけ、自分がくぐって通れる程度になった時、やっとこさ密室から脱出した。