・100・行方不明
「……だから、ミーがヘキサだと…説明した、だろ」
ゆったりと答える声音は、静かだが低い。
「えぇ。それで、本当は藍塚さんが斜陽リリに反撃し、そして斜陽リリは逃亡した、という事実が判明しました。キムさん、貴方が見たのは、反撃した藍塚さんが気絶した所から、で本当に確かですね?」
「……うん」
真正面に見据えるウォーに首肯して、キムはケーキの最後の一欠片を食べた。
「……ほんとは、アイツが逃げて…いく所を見て、たけど……ミーが、倒れたから」
「後は追わず、わたしに通報し、ご自身は藍塚さんを家に運ばれた、という事ですね」
「……そう」
ふと、キムの笑みが深まる。
目線の鋭さが増し、ミーはキムから目を逸らした。
キムの機嫌が良いのか悪いのか、全く分からない。
怒ってるようには見えない。
しかし、喜んでいる時のような柔らかさもない。
分からない、知らない、とミーは内心混乱しながらも、耳はしっかりと二人の会話を聞いていた。
「……実は不可解な点がいくつかありまして。貴方は、斜陽リリが逃げたと仰いましたが、本当にそうなんですか?」
挑むようにウォーが語調を強めると、キムは首を傾げる。
「……何を、言いたいの」
「現場にあった多量の血……あれは、ほぼ致死量なんですよ。いかに人間より生命力が高いヘキサでも、あそこまで出血してしまえば、普通身動きは不可能です。それが一点と、もう一つ、単純に、現場を出て行く足跡が貴方の分しかない、という点です」
一つ、二つ、とウォーは指を立てながら話す。
じっと、何一つ手がかりを見逃すまいと見つめるウォーに、キムはふと視線を落とした。
「……それは、オレに言われ…ても、分からない…」
言って、紅茶に口をつける。
ミーは初めて聞いた驚きの情報に、まじまじとウォーを見た。
お風呂場でキムから話を聞いて、ミーは勝手に、リリは捕まって、ヘキサアイズの刑務所のような場所にいると思っていたのだ。
それが、実は彼女は捕まっておらず、もしかしたら死んでいるかもしれないと聞いて、キムに対する違和感や困惑も忘れてびっくりした。
あまりに視線が刺さったのか、ウォーが少し眉を下げて、
「……どうかしましたか?」
と尋ねてきた。
いえ、今の……、とわずかに口ごもったが、リリは捕まっていないのか、と問う。
ウォーは片眉を上げて、一瞬天を仰いだ。
「えぇ、目下捜索中です。ヘキサアイズとしての規約違反と、実は貴女がヘキサアイズであった事から、結果的に殺人未遂の罪で追われています。……が、全く行方が掴めません」
真顔でかすかに肩をすくめる。
その返答に、ではリリはまだ生きているのだろうか、まだ私の事を狙っているのだろうか、もしかしたら、恨まれているかもしれない、などとどんどん考えが浮かび、服の裾を握る。
その手を、温かな手がそっと包んだ。
おそるおそる横を見れば、悦に浸ったような、歪んだ笑みをのせたキムが、ミーを見下ろしている。
それが、ミーの血を啜った時の、リリの恍惚とした瞳と似ていて、ミーは身を強張らせた。
その変化に気づいたのか気づいていないのか、キムは宥めるようにミーの手の甲を撫でる。
その手は確かに優しくて、しかし、表情とのあまりの違いに、ミーは寒気を覚えた。