了
「そーいえばね、珍しく転校生がくるんだって」
「………ふぅん?」
手を止めたのはミシャだけではない。
その場にいた全員がみんな動きを止める。
秋を迎えるかどうかという夏の半ばのこんな時期に、中途半端にやって来る転校生。
――不自然じゃないわけがない。
「なんだかねぇ、イケメンだって噂になってるらしいの。
アメリカ人のハーフとかで綺麗な金髪なんだって。
明日紹介されるから楽しみぃ」
うふふ、と笑っている薫。
そんな無邪気な微笑みに、空気を合わせるかのように士郎も笑う。
「ね、そういえばお姉ちゃん。
今日模試返ってくる日じゃなかった?」
「はぅ…っ!そぉだったぁ…。
あーん。すごい点数な気がするんだ…。
塾までの時間、勉強しよぉ…」
力なく部屋に帰る薫。
その扉が閉まるなり、大国叔父は呟く。
「…転校生、ね。
十中八九、こちらの者だろう」
ミシャは軽く舌打ちをした。未然に防げなかった事を悔やんでいるのか。
「まだ早いで。薫目的じゃないかもしれんし。
たまたまアホな奴がいて人間ライフを楽しんどるんかも分からん」
「でもピンポイントすぎるだろ…。高校近くの地母神には挨拶に行ったし…」
健と確認するように目線を合わせた士郎が、なにかに気づいたかのように目を見開く。
反応したのは健だけでなく大国叔父も。
「なんでだよ、俺はこの土地を約束通り出てねぇ!
それなのに…!」
「…いや、今回は天照の使者としてではないだろう。律儀な彼女なら事前に通達があるはずだ。
…恐らく、薫に興味があったんだろうね、純粋に」
はぁ、とため息をつく大国叔父。
なにせ…と静かに呟く。
「…『雷の君』は大変な色好みだからね」
言葉を飲み込む一同。
普通神が人間を好きになることはない。
自分達が創った人間を愛しいと思うことはあるだろうが、まず恋慕の情はないのだ。
あるとすれば、色好みという意味での興味。
変わり者…それが『雷の君』と呼ばれた彼の噂だ。
彼は健と昔から因縁があり、あちらは何も気にしていないが健は苦手だった。
「…神に育てられた人間という薫の話はわりと有名だから、彼の耳にも入ったのだろう。
まぁそれほど心配する必要はないだろう、そのうち飽きて他の女のところにでも…」
だん!とテーブルを激しく叩く音。
冗談じゃない、と呟くように言い放ったのは、健。
「うちの娘をむざむざ傷物にされてたまるか…!
ミシャ!アイツが薫に近づく前に俺のところに連れてこい!」
「無茶苦茶や!『雷の君』なんやで?
ミシャちゃんにだって何かあったら…」
さすがに声を荒げたが、サカエをさえぎったのは士郎だった。
「俺が行くよ」
はっきりと、よく通る声で士郎は短く話す。
「俺なら大丈夫」
さすがに士郎が話すと誰も口出しできなかった。
それだけの威圧感がある。弟ぶってはいるが、本来であれば、大国叔父と同じほどの位を認められている神なのだ。
…そして、彼は薫に関することだけは、遠慮をしない。
「健、あたしも行かせろ!」
悔しそうに士郎の背中を見るしかできない。
ミシャは思わず健に詰め寄っていた。
「ああ…士郎の鞘になってくれ、ミシャ」
健が頷くと同時に部屋を飛び出していく。
健とサカエ、そして大国叔父は部屋に残った。
「…神の娘に手を出すとは、なかなか酔狂な真似をするね。
さすがにその縁は繋げてあげられないな」
ため息をつく大国叔父。自由奔放な神の姿勢に、心の底から呆れていた。