スープ
人は誰しも嘘つきだ。
最近やっと理解したこと。
小さな嘘や大きな嘘。
誰だってすました顔して平然とつく。
嘘をつかない人なんてこの世に居ないといってもあながち間違いじゃないだろう。
〝嘘″が〝悪″だなんて誰が決めた。
嘘で、誰かが救われることもある。ならばそれを〝悪″という理由はどこにあるのだろうか。
話は少し変わるけれど、嘘は全部嘘だとすぐ見破られてしまうものだ。
だから、真実をスパイス程度に入れる。
この、隠し味みたいに。
ぐつぐつ煮える鍋の中
人参、ジャガイモ、玉ねぎなどの野菜の入ったスープの中に、細切れにした肉を入れる。
そこに、塩と胡椒と隠し味。
ほんのり辛いスープは、かつて『母』と呼んでいたあの人が好きだった。
ゆっくり鍋を混ぜてたら、急にエプロンを引っ張られた。
「ねぇ、おにいちゃん、おにいちゃん。おとうさんとおかあさんがまだかえってこないわ。おとうさんたちはいつかえってくるの?」
僕のエプロンを引っ張った、かわいいかわいい僕の妹。
たとえ血が繋がっていなくても、それだけは変わらない真実。
「明日にはきっと、帰ってくるよ。」
「おにいちゃん、きのうもそういっていたじゃない!」
「そうだったっけ?」
「そうよ!もぅ、おにいちゃんったらわすれっぽいんだから・・・」
ふてくされる妹を見ながら、本当に忘れっぽいのはどっちだろうねと心の中でつぶやいた。
炎に灼かれ、光を二度と映すことのなくなった妹の瞳。
妹の瞳とともに、大切な家族を奪った父親の愛人。
僕の左腕にも残る醜い爛れた痕を残した火災は、ひと月もしないうちに人々の噂からも消えていった。
液晶画面の向こう側で、僕たちを悲しい顔して「可哀想」だと表現した人々も、次の瞬間にはにこやかに笑ってほかの話題で盛り上がっていた・・・
「おにいちゃん!おにいちゃん!」
声をかけられてハッとする。
スープの匂いに気づいたのか、妹はぱっと顔を輝かせて聞いてきた。
「とってもおいしそうなにおい!きょうのごはんはなぁに?」
幸せそうな笑顔。
ああ、そうだ。あの時決意したじゃないか。
僕はそれを守るためなら、どんな事だってしてやると。
「お肉と野菜のスープだよ!」
頬に伝う温かい雫
僕は、気付かないふりをした
そして今日もまた、僕は妹に嘘をつき続ける
ひとはみんな、うそをつきながらいきてる。
だれかにじゃなくて、じぶんじしんに。
おにいちゃんはうそがきらいだっていうけれど
それならなんで、わざわざじぶんのきらいなことをするの?
うそがきらいだっていうのもうそなの?
あのときは、そうおもっていた。
すこしまえ、おんなのひとがおうちにひをつけて、おとうさんもおかあさんもいなくなっちゃった。
わたしのめも、そのときからみえなくなっちゃった。
さいしょのころ、さみしくてさみしくて、かえってこないのをしっていて、おにいちゃんにきいたの。
「おにいちゃん、おにいちゃん、おとうさんたちはいつかえってくるの?」
って。
そしたらおにいちゃん、「あしたにはきっとかえってくるよ」って。
とってもとっても、やさしいこえでわたしにいったの。
うそがきらいなおにいちゃんが、はじめてわたしについたうそ。
さいしょはなんで、どうしてっておもってたけど
わたし、きづいたの。
おにいちゃんは、おとうさんたちがまだいきてるっておもってるんだって。
おにいちゃんは、じぶんじしんにうそをついてるんだって。
だって、そうじゃなければおにいちゃんがわたしにうそをつくわけないもの。
だからわたしも、おとうさんたちがいきてるってしんじてるようにふるまうの。
でも・・・
「ねぇ、おにいちゃん、おにいちゃん。おとうさんとおかあさんがまだかえってこないわ。おとうさんたちはいつかえってくるの?」
まるで、でかけていってかえってこないのがしんそこしんぱいしているようにいう。
まいにちおにいちゃんにおんなじしつもんをするのは、おにいちゃんがちゃんとげんじつをうけとめれたかをかくにんするため。
きょうもまだ、だめだったけど。
ふいにただよってきたおいしそうなにおい。だからわたしは、せいいっぱいのえがおでおにいちゃんにきくの。
「とってもおいしそうなにおい!きょうのごはんはなぁに?」
わたしにはみえないけど、きっとしあわせそうにわらっているんだろうな。
「お肉と野菜のスープだよ!」
すこしふるえているこえはきづかないふり
だって、わたしはなにもみえないんだもの
きょうもまた、わたしはじぶんにうそをつきつづけるの
ほんとのうそつきは、どっち?