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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

天使と悪魔の話

作者: 楠木

書きたいところが書きたいように書けないので、書けるところを書いた感じです。以後シリーズとして同じ設定の話を連作で書きたいと思っています。

登場している天使や悪魔の名前は、自分でこういう属性があったんじゃないかなと当てはめてみただけなので、解釈の違う方もおられるかと思います。信用はしないでください。

出てくる天使や悪魔は全員女性体であることを念頭にお読みください。

 聖戦とは名ばかりで、死にゆく同胞の屍を前に涙はすでに枯れ果てていた。血の川ができる大地に一人たたずみ、この戦いに勝利はあるのかと神に問うた。

 答えはなく、天啓はなく、沈黙だけが降り積もる。


 果てはない。

 悪魔という悪魔を滅ぼし尽くすまで終わらないならば、この絶望も終わらないのではないか。勝利がないならば、いたずらに屍の山を築くだけではないのか。愛しいと溢れていた心が削り取られていく、これこそが地獄ではないのか。


 叫ぶ声は枯れ、地にたたきつけた拳は泥にまみれる。

 口の中は錆びついた香りがした。


「この戦いがつらいのか」


 悪魔とは言葉で人を拐し欲望のままに生きるもの。幾人もの悪魔を滅してきたからこそ、その言葉の甘さは十分知っていた。知っていたが、それでも心は震える。

 この光景の果てに望むものが本当にあるのだろうか。


 かけられた言葉は容易く心に染み入ってくる。

 はじかれたように面を上げる。


「戦いを止めてやろうか、慈悲の天使」


 甘露のようにその声は響き渡る。

 人を、天使を誘惑しやすいようにと悪魔は美しい姿で現れる。今も目の前にふわりと降り立った悪魔は豊満な肉体と蠱惑的な唇と日の光を紡いだような髪を持って現れた。

 天の御使いと言われても納得してしまうほどの、それは清廉な美しさを持った悪魔だ。


 涙は枯れた。

 心は震える。


「ふ、ざけたことを」


 目にしただけで、どくりと心が沸き起こるのを堪えた。睨みつけたのは、流されそうな感情を押しとどめるためだ。


「ふざけておらぬさ。私の名前で戦いを終わらせてあげよう」


 くすくすと笑う声は鈴の音のように。悪魔だと名乗ったもの相手に屈するわけにはいかない。奮い立たせて紡いだ言葉は、すぐにかすれて消えていく。目の前の悪魔は高らかに告げた。

 

「我が、色欲のアスモデウスの名において」


 その名を聞いて今度は身体が震えた。色欲のアスモデウス。悪魔の軍勢における将軍の一人。七つの大罪を司る大悪魔アスモデウス。

 七人の大悪魔に置いて最も強い力を持つと囁かれる悪魔が、前線にいたというのか。


 茫然と悪魔を見上げた。

 その悪魔はにこりと笑みを浮かべ宣言する。


 色欲のアスモデウスの名において、剣を下せ。戦いを止めよ。

 動くものは殺す。


 たった一言で、あれほど続いた喧騒は止んだ。悪魔の軍勢は動きを止め、アスモデウスの言葉だと確認できたものから、剣を止める。

 天使たちが好機と見て剣を振り上げれば、あざ笑うかのように雷が落ちる。焼けただれた嫌な臭いが立ち込め、それに慄いた天使たちも戦いをやめる。


 たった、これだけのことで。

 悪魔は体重を感じさせない動きで近づく。



「対価が欲しいな」


「…………私とお前は、何も、契約していない。お前が勝手にしたことだ」


「そうだな」


 くすくすと悪魔は笑う。何が楽しいのか、その笑顔は偽りではなく心の底から楽しんでいるのだと言わんばかりに悪魔は笑う。


「お前の態度次第でこの状況はどちらにも転ぶ。そんな態度で後悔しないか? 少しでも私の機嫌をとっておくべきではないか?」


「……」


「契約しなくてもよいさ。お前が私の機嫌を損ねなければ、私がお前の望みを壊すことはない。心配ならばお前の不利とならぬように誓約してやろう」


 尊大な口調のくせに、内容はこちらを伺うことばかりだ。そうやって甘言に惑わされた同胞を幾人も見てきた。その果てにあるのは堕天だ。


 だから、この言葉を信じてはならない。

 拳を握り、そして開く。


「まあ、いいさ」


 悪魔は肩をすくめる。機嫌をとったほうがよい、と忠告めいた言葉をちらつかせるわりに、どんな態度を取ろうとも気にしないと言っているようなものだった。


「私は退屈でね。天使、お前の話を子守唄代わりに話してみせろ」


 気が向いたら待っているよ、と悪魔は姿を消した。


 戦いは唐突に終わり、神は追撃を命じず、それから平穏な時が過ぎる。

 それを齎したのは天使たちの力でも神の命でもなく、悪魔のたった一言だ。


 その事実は、深く、深く心の奥に打ち込まれる楔となった。






 その日、願ったことはただひとつ。

 これ以上の犠牲がないように。たとえ正義のためであっても失われゆく同胞の命を守りたい。


 ただ、それだけで。






 慈悲の天使と呼ばれたゼラキエルが再び戦火を招くきっかけとなるのはこれからずいぶん後のことである。









*****   *****









「聖戦は再び始まる」


 不穏な言葉を吐いたのは、よりにもよってカブリエルであった。

 天なる言葉を告げる者と呼ばれる彼女は、神の言葉を伝える者であり、同時に預言者としての側面も持ち得ている。


 告げた言葉は真実となる。

 それを神が望んでいるからこそ。


「まさか……そんな」


「当然だ! 悪魔など根絶やしにしてしまえばよい!」


「ミカエル! 落ち着いて。怒りに支配されては何も解決しません」


「ラファエル、これが落ち着いてられるのか? 色欲のアスモデウス。やはりあのような悪魔の言葉を信じてはならなかった。奴の言葉に惑わされ、前聖戦における偽りの終結に甘んじてはならなかった。だからこそ神は戦いを決意された! 我らが同胞を取り戻すために」


 鮮やかなまでの炎を纏う少女は、頬を薔薇色に染め上げ、炎の赤いところを寄りあわせたような真っ赤な髪を振り乱し、力の限りに叫ぶ。


 神の御前に仕えるべき天使のうち、そこには六人しかいなかった。

 最後のひとり、慈悲の天使と呼ばれ生まれ来る天使を見守る役目を背負ったものは、いない。


「七大天使の一人、ゼラキエルを取り戻すために!」


 色欲のアスモデウスと呼ばれた悪魔が、彼女をさらっていったからだ。



 

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