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生体実験

 「高橋君、綿尾さんの姿を見ないんだが……何か知らないか?」


 「いえ、何も」


 僕は、休憩所にあるパソコンを叩いていた。

 これだ、某テレビ局の看板番組『ほこ×たて』にも出た鉄壁を誇るキャリーバッグ、“プロフェッショナル精密機器キャリーコンテナ Commander WP-7000Ver.1/Ver.2”。


 でも97,800円か……しかも手作りなため、生産可能数は1日1個のみ。予約して早くて1ヶ月なんて、絶対待てない。僕は今すぐ卵を封印したいんだ。


 「やっぱみんな知らないか… ま、あの綿尾のことだから、何も言わずに飛んだんだろ。ったく……辞めるなら新人が育ってからって常識をしらないのか、あのババァは」

 

 館主さん…… あなたも、ひとが居なくなれば悪口を叩く人種の人間だったんだね。


 僕も、消えたら言われるのかな。

 


 ――あの挨拶もろくにできない根暗が。

 ――チンタラチンタラ仕事遅せぇんだよ。



 ……いやだ。

 僕は言われない。

 絶対、絶対生き残ってやる……



 「あれ、もう仕事戻るのかい?」

 「はい、体は休まりましたし、今日は夕方から宴会の予約が入っているので仕込みを……」


 「熱心だねぇー、関心だ! でーもっ」



 館主さんは、ゴミ箱を一瞥する。



 「お弁当はちゃんと食べろよ! まぁ、忙しい気持ちも、残して帰ったらお宅の沙耶ちゃんが傷付くからって気持ちも分かるが……」


 そっか……じゃあ次は、誰にも見えないようにビニール袋を持参しないと。


 「お心遣いありがとうございます。館主さんは本当に、細かいところまで目が届く方ですね」


 「あっははー、照れるなーっ」


 僕は人のよい笑顔で頭を下げる。


 ……お前に僕の何が分かる。


 脳ミソが、空っぽになることがないんだ。

 隙間を見つけては、綿尾が……あのドロドロに溶けた目でこっちを見るんだ――


 僕は、卵料理から始まり、妻の手料理が食べられなくなっていた。










 今日は、予定よりも早く宴会がお開きになり、妻に伝えた時間より2時間も早く、人生館を出た。

 いつもの蛍光灯の切れかかった裏道を、僕は歩く。

 

 「……カラスだ。」


 5匹…いや、6匹?

 カラスが群れだって、一匹の蒼い目をした猫の亡骸をついばんでいる。


 標的が複数だった場合、卵はどうするのだろう。


 これは死活問題だ。

 あのとき、綿尾は死んで、僕は生きた。

 その違いを検証できれば、僕の生存率は高くなる。


 最近のカラスは人間が怖くないのか、僕が近づいてもまったく逃げない。

 僕は猫の隣に、卵をそっ… と、置いた。


 つつくつつく、卵をつつく。

 僕は全力で距離をとる。

 つつくつつく、卵をつつく。

 中身が、姿を現した。


 最初の標的は、一番最初につついた奴。

 その瞬間、カラス達が一斉に動いた。


 二匹は、空を飛んで逃げる。

 一匹は、翼を怪我しているのか、遅い足で必死に歩く。

 一匹は卵に襲い掛かり。

 一匹は大胆不敵にも、まだ猫をついばんでいた。


 ここで、意外な検証結果が出る。


 卵に攻撃してる奴が、取り込まれないのだ。

 ……と思いきや、一匹目を溶かし終わった直後、卵の餌食になる。卵は一体ずつでないと消化出来ないらしい。


 その次は、まだ猫をつついてる奴だろうと思ったら、なんと猫の亡骸を取り込み始めた。弱くて簡単なものから狙っている。卵には知性があるのか?


 食事を奪われたカラスは飛んでいく。

 あと舞台に残っているのは、足も怪我をしていたのか、まだ卵から3メートルほどしか距離のとれていないカラスだけ。


 卵は獲物に手を伸ばすように、液体を広げ始める。なんでそんな事をする必要がある。追いかければいいじゃないか。もしかして、卵は最初に割れた地点から動けないのか?


 正にその通りだった。

 諦めた卵は、再構成を始める。


 4つの命を取り込んだ卵は、前回同様一回り大きくなり、そして。




 焦げ茶色だった卵が…… 黒色に近づいていた。



















 これが黒になったら、孵るのだろうか。

 コイツは……この世に生まれてきてもいいのだろうか。


 宙に浮いているような浮遊感が常に体を満たし、それでも、謎の重圧が着々と僕を押し潰そうとしている。


 今まで遠すぎた『死』が、となりにいる生活。

 ボロボロになった心。

 僕はいつも以上にフラフラになりながら、玄関の扉を引いた。

 


 「……ただいま」



 あれ、沙耶が迎えに来ない。

 そっか、道草食ってたとはいえ、1時間は早い帰宅には変わりないんだ。


 僕は構わず居間に入る。


 「よ、陽くんおかえり! どうしたの? 今日は早かったね! 」



 うん、早かったよ。

 ……ところでさ、今… 何隠したの?



 いつものように、真っ先に駆け寄って来ない妻。

 どうして?

 分かってるよ、動けなかったんだよね。


 彼女が、さりげなく鍵つきの机から手を引いたのを、

 僕は……見逃さない。




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