疑問
あれから、1年が過ぎた。
(まずいよ……絶対腐ってるよ中身…)
みんな知ってるかな。
冷凍食品のサバ明太だって、一年経てば舌に立派なドブの味を残してくれるんだよ?
僕は卵の臭いを嗅ぐ。
幸い、クサくない。
だけど、一年もの間、卵を常温放置どころかコタツに布団を重ねて重ねて重ねて重ねて腐らない訳がないと思うんだ。きっと、それは彼女も同じなはず。
「陽くん! この子の名前、ジャンがいいな! 」
「そっか……」
……僕は卵を温め続けることにした。
今日は休日、だけど妻はパート。
1人でお留守番をしていた僕は、何気なく卵を手に取ってみる。
当然だが大きさは変わっていない。色も茶色なまんまだ。回してみると中の水が動く感じはするけど、自らが動こうとする振動は未だかつて感じたことがない。
(やっぱり腐ってると思うんだよなぁ……)
万が一、まだこの卵が活動していると仮定しよう。
温める……この手法がヌルいんじゃないだろうか。
よし、ボイルしよう。
僕はパスタ用の鍋を用意。
卵がしっかりつかるくらいの水を張り、電磁調理器の電源をONにする。
無数に広がる小粒の泡から、僕の顔にまで弾けて飛び込んでくる大きな泡へ。僕は迷わず卵を熱湯の中に入れた。グツグツと、卵が踊る。
……なんでだろう、妙な昂揚感を感じる。
自然に口角が持ち上がった。
この一年、コイツに悩まされなかった日があっただろうか。
思考の片隅には常に卵の事があり、僕はその度に仕事への注意力が散漫になってはミスを連発していた。
妻は一体何なんだろう。
彼女に初めて出会ったのは……そんなこと覚えていない。
何故なら、僕は物心つく頃には既に孤児院にいて、そしたら既に、僕の隣には彼女がいた。僕も彼女も、生まれてすぐコインロッカーに捨てられていたらしい。
つまるところ、僕達は人生の大半を一緒に過ごしてきたんだけど…… さっぱり分からない。
おっと、かれこれ考えている内に、もう30分が経ってしまった。
別に彼女の正体なんてどうでもいい。
これからも知る必要なんてない。だから僕は茹でたんだ。
さて……これだけやれば、もうその中身をお目にかかることはないだろう。
僕は熱湯をシンクに流し、卵を冷やし、手に取ってみる。
(……あれ )
おかしい。
タンパク質は、58℃から凝固を始める筈なのに――
卵を回してみると、中の水が動く感じがした。