表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

プロローグ

 それは、6か月も早い陣痛だった。


 一目には太っている為か、妊娠している為か分からない程度の腹の膨らみ。子供が出来たことは、まだ誰にも何も言っていない最中の出来事。

 二人暮らしの静かなアパートに、鳥を絞めたように窮屈な叫びが糸を引く。



 ――救急車を呼ばなければ。



 恐らく、胎児はまだ形を成していないだろう。

 それでも関係ない。

 このままでは、妻まで死んでしまうかもしれない。


 僕が見たものは、その当然の思考をも分かつ。


 一際痛烈な悲鳴が部屋にある全てのものを震わせた。

 力尽きた妻が動かなくなる。

 徐々に面積を広げていく羊水。その中に、



 「た……たまご…? 」


 

 大きさにして、大の大人のこぶし2つ分くらいの卵。

 茶色い殻のソレが、物言わず転がっていた。


 (……これは、どこから…?)


 唖然と口を開けて呆ける僕。

 でもすぐに、妻の弱々しい息づかいが僕を現実に引き戻す。

 羽毛のように柔らかな妻の長い黒髪が、死にかけの雛を彷彿とさせるほどに汗で濡れていた。


 頭の中が一気に熱を持って弾け飛ぶ。

 僕はスリッパを脱ぎ捨て、そこらじゅうの角に足をぶつけながら洗面所に飛び込んだ。タオルを強奪するように収納棚から引き抜き、水で素早く濡らし、そして投げつけるようにレンジに放りこんで温タオルを作る。

 僕はベッドの中で気を失う彼女に、いつまでも声をかけ続けていた。


 内心泣きそうだった。

 或いはもう泣いていたかもしれない。

 妻のか細い寝息は、冷蔵庫等の家電製品の唸りにすら負けてしまっていたから。僕は本当に、病院に連れていきたくて仕方がなかった。


 だけど。


 眉間に皺が寄る。

 そのときやっと、僕はずっとほったらかしだったソレを、まじまじと見つめたんだ。



 卵……だなぁ、うん。どうみても卵だ。


 

 

 「沙耶……大丈夫? 」


 「う、うん……」



 意識を取り戻した妻が、ゆっくりと上体を起こした。僕は不安から解放された安堵に、彼女の手を握り微笑む。


 でも、彼女は僕を見てくれなかった。


 妻は卵を凝視している。それも決して顔は動かすことなく、大きな黒目だけを忙しなく泳がして。


 顔色が真っ青なのは、疲労のせいだろうか。

 それとも――



 「……人間って、卵生だったんだね。知らなかったよ」


 「うっ、うん……私も、知らなかった……」

 



 ……。




 「とりあえず、温めてみる? 」


 「うん」



 彼女の顔に花が咲いた。

 微かに抱いた疑問と違和感。

 僕は自らそれを伏せる。


 そうして僕達は、卵を温めてみることにした。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ