#2 Discussion
【SIDE 相楽奏】
「…………警視総監の1人娘が明日から我が、梨園学園に編入してくるらしいわ」
「…………」
桐生会長の口から告げられた言葉は生徒会メンバーを震撼させるのには十分過ぎた。
「か、会長? それは本当の事ですか?」
と、架乃。
「ええ。事実」
と、平然と答える会長。
「……」
……マジか。またか。またVIP生徒の編入か。今月で3人目だぞ!?
「会長! どうして急に?」
真緋が尋ねる。
「何か、その子が、前の学校で命を狙われかけた事があったらしくてね。だから警視総監様は、特別な学校に入れようとしたらしいんだけど、その子が、普通の学校に行きたいと譲らなかったらしくて。だから、うちの学園に入る事になったというわけよ」
「うーむ、なるほど。確かにウチなら普通の学園生活が送れそうですね」
納得した真緋。しかし肝心な所を俺は言おう。
「いや待て! 確かに梨園学園は普通の学園だけど、全然安全じゃないでしょう! 警視総監の1人娘なんて預かれるはずがありません!」
実際そうだ。警察に対して恨みを持つ奴らからしたら、警視総監の1人娘なんて格好の餌食だ。銃や凶器を持ったテロリストや犯罪組織に狙われたら勝てる気がしない。俺たちは高校生だし。
目を閉じながら頷く会長。
「確かにそうですね。いくら我々でも勝機などありません」
「奏くんの言う通りだ紅葉。警視総監の娘を匿うという事は、犯罪のプロを敵にするという事なんだぞ!今までのアイドルや金持ちとは全く違う! この学園だって、そんなに警備が堅いなんてことはないし、教師も一般的な教師だ。今すぐ、他の特別な学校に変えてもらうべきだ!」
「俺も梓先輩の意見と同じです」
「うーん、あたしも」
次々と反対意見が出る。当然の事だろう。
しかし、反対の意見が出るのは分かっていたかのような冷静さで話を聞いていた会長は、溜め息を1つ洩らし、こちらを見据え、言い始める。
「新体制の生徒会になってもう2ヵ月になろうとしているわ。先月は政治家の1人息子が、今月は、女性アイドルが2人編入してきたわね。……今月の活動は学園にあの子達を一眼見ようと集まったファンたちの駆除がメインだったわ」
「(駆除って……)」
「そして学園内はアイドルや御曹司が入学したって騒動になったわ」
「……それが何の関係が?」
「でもね? ……架乃、その子達がこの学園に入学したいと言った理由はなんだったかしら?」
会長専用の椅子をくるりと回し、景色を見つめる会長は、架乃に問う。
「えっと、御曹司の[司馬尋史]さんは『友達と一緒に勉強できる学校に行きたいから』で、現役アイドルの[白峰歌香梨]さんと[柊佳純]さんは、共に『普通の女子高生がしたいから』だそうです」
「それで今の状況は?」
「はい。3人とも、前回の生徒会アンケートでは、生活面に関しては、楽しい、と回答しておりますが」
金髪を掻き上げながらこちらを振り返る会長。
「3人共、普通の学校生活を送りたくて、そして今は、あなたたちの尽力もあって楽しく過ごせている。そうよね?」
「はい」
「だったらそれは警視総監の娘にだって同じことよね? いかなる理由が存在しても、彼女が普通の高校生活を望んでいるのなら、私たちはそれをサポートすべきじゃなくて?生徒の学園生活をより良いものにする為の生徒会じゃなくて?」
会長は諭すような目で俺たちを見つめる。そしてひと呼吸置いて続けた。
「――今回、梨園学園に入学させるにあたって、私は警視総監様にある条件を出したわ」
「条件? どんな?」
と、梓先輩。
「抗戦するような時は、全力でサポートしてほしい、と」
いまいち意味が分からない。架乃や真緋も首を傾げている。
「生徒の避難や特殊部隊の派遣とか関しては全部あっちに任せる、という事」
つまり、高校生の力だけでは足らない部分については警察の力を借りるt…………あれ?
「じゃあ、俺たちは何をすれば?」
「そりゃあ、――――要人の警護よ」
――沈黙。沈黙。沈黙。
たっぷり20秒の沈黙の後、やっと俺は口を動かす事ができた。
「はぁぁぁぁぁ!?」
と、俺。椅子から落ちそうになったわ。
「なっ!?」
と、架乃。目の焦点が合っていない。
「うそっ!?」
と、真緋。口がぽかんと開いている。
「やっぱり……」
と、梓先輩。さすが、カップルなだけあって考えてる事が分かるんだな。
「つまり、その娘を相手から守って、お父様のところに返すのが仕事よ。大丈夫よ、警察も協力してくれるらしいし」
「いやいやいや待て待て待てどこが大丈夫なんですか! ちょっと会長聞いてください。あの……一介の高校生が武力集団と戦ったりしていいんですか!? そこはやっぱり警察に任せて逃げるとかした方が良いんじゃないんですか!? えぇ?」
必死に訴える俺。興奮しすぎて、ろれつがうまく回らない。武力抗戦とか冗談じゃない。学園生活最大の思い出が、『銃で右肩撃たれました』、とかだったらもう本当笑い話じゃすまないよ!? 一生の傷だよ!? というか、命だって危ういし……。
架乃も梓先輩も全力で頷いている。真緋に至っては、手を組んで神頼みに走ってるようだ。
しかし、そんな事も関係ないような顔ぶりで、また溜め息をひとつして、声に力を込めて言った。
「これはうちの学園の伝統でしょ?いつかはこういう子もうちに入学してくると思っていたわ」
「まぁ……」
梨園学園は世間的には文武両道という面だけではなく、著名人の入学している高校として実は名高い。それは、過去の生徒会が築き上げてきた印象なんだとか。そのせいで著名人の編入が多い。
「それに…………私は、あなたたちにならできる仕事だと思うけど?」
「根拠は……?」
「確かに、普通の高校生には無理よ。射殺されて終わりだわ。でもね、私が直々に選んだあなたたちになら可能なんじゃないかしら?」
「それは……」
確かに、半強制的に生徒会に入ったけど。会長のカリスマ性により突然召集されたんだっけ。
「特に、2年組には期待してんのよ?」
ここで意外な言葉が出た。
「えっ?」
「WIZARDこと、相楽奏。天才的なハッキング能力を有し、また、プログラミング能力でも突出した才能を見せる」
目を瞑って、静かに言う会長。
WIZARDとは、俺の異名のようなものだ。文字の羅列を操って、ネット上で攻撃、防御をする姿から付けられた。言いだしっぺ出てこい。
「FORCEこと、御池真緋。驚異的な運動神経をほこるだけでなく、鋭敏な五感やシックスセンスを使いこなす体力系」
頬を赤く染める真緋は、FORCEと呼ばれる。あらゆる『力』を使いこなす事から呼ばれるようになったそうだ。
「INDEXこと、相楽架乃。映像記憶という能力により、見たものを全て記憶する。あらゆる分野の知識を保有し、思い出すことも可能」
恥ずかしそうに俯く架乃は、『知識の索引』という意味でINDEXという異名がある。彼女はこの異名をあまり好んでいないらしい。
「あなたたち3人の才能を使えばできるはずよ。もちろん3人で協力しなきゃできないわよ? でも3人には、昔からの『絆』がある。それは、いつも近くで見てる私や梓が一番分かってるはずでしょ」
「はいっ! あたしと奏の愛の力があれば余裕です!」
挙手までして、言い張る真緋。……はいはい。
「まぁ、わたしの兄さまの義兄妹を超えた絆、もとい愛があれば大丈夫です」
ふふん、とドヤ顔で答える義妹。……Hi-Hi。
「そうでしょう。期待してるわよ、Team『TRIGGER』」
『はい!』
――Team TRIGGER。それは、生徒会に入った時に、会長に付けられた俺たち3人の総称。才能と仲の良さからチームとか言われてるが、いまだになぜTRIGGERかは分からない。
「まぁ頼れる後輩がいるからね。生徒の希望を叶えるのが生徒会だし、オレは反対しないよ、その子の編入」
「あたしも!」
「わたしも」
おいおい3人よ、ちょっと褒められたからってそんな簡単に賛成していいのかよ? いいか? 学園が戦場になるかもしれないんだぞ? いいのか?
「奏は? 他のメンバーは賛成してるけど、大事な事だし満場一致しないと可決しないつもりよ」
「えぇ……?」
うん、もうそれ遠まわしに、『はやく空気よんで賛成しろ』ってことだよね?
「じゃあ……賛成で」
もう強制だろコレ。真緋の視線がスゴかったし。
会長は、一度大きく頷き、ニコっと笑う。
「満場一致ね。では、――九条花恋の編入を可決します」
パチパチパチ。拍手が巻き起こる。
というか、何故ここまで会長はその子をこんなに入れたがるのだろう? 何か裏があるのでは……?
そう踏んでいる俺には気づかない会長は邪気のない笑顔をしている。
「――じゃあ今から会いにいくわよ」
「は?」
「だから、今からその子と顔合わせに行くわよ」
「マジ?」
「まじ」
急だな。もう来てるのか。
「はやくしなさい。その子、今も校長室で待ってるわよ」
「えっ? じゃあ紅葉、その九条花恋って子と警視総監はさっきからずっと……?」
「ええ、待ってるわよ。今日のホームルーム終わったあたりから」
「おいぃ!!」
咄嗟にツッこむ梓先輩。
この人すげぇ……! 日本の安全を守る警視総監様を30分近く待たせてるぞ!
「はやくしなきゃ!」
真緋が、脱兎の勢いで生徒会室を出て行く。
架乃と俺は目を見合わせ真緋を追いかけて駆け出す。
「兄さま! おんぶ!」
「はぁ!?」
架乃は手を、バンザイして上目遣いでこちらを見ている。そんな顔されるとなぁ……。
「もうしょうがないな。ほら早く」
「ありがとございます」
ご機嫌な架乃を背中に乗して生徒会室の扉を超えると、走ってきた真緋にぶつかりそうになった。
「おっと真緋。あれ? さっき走っていったよな? 何で戻ってきた?」
「奏。いや、場所忘れちゃって……。てか何で架乃が奏の背中に乗ってるワケ!? ずるい!」
場所忘れた? 場所分かんないのに駆けてったのかよ。てかずるいって何?
「いや真緋は俺より足速いだろーが」
「ずるい! あたしも乗る! どいて架乃!」
「断ります」
「ぬぅぅぅ。ずるい!」
悔しそうな声を出す真緋は無理やり架乃を下ろした。
「さあさあ3人。早く行かないと」
後ろから来た梓先輩に言われ、顔色を変える俺たち。
「急ぐぞ!」
そうして、生徒会メンバー一同は校長室に向かって走るのであった。