#6 Offensive
【SIDE 相楽奏】
「ふぅ~……」
風呂から出た俺は習慣化している風呂上がりのアイスを食べに行くべく、キッチンへと向かう。これは春夏秋冬どんな季節でも変わらない。
リビングを通ると真緋が携帯をいじっているところだった。スマートフォンにはクマの小さなキーホルダーがぶら下がっている。ちなみにクマは布製。
「真緋ー? 風呂空いたよ」
「んー。分かったー」
携帯から目を離し、小さく微笑みながら答える。
そうして冷蔵庫を開けて今日のアイスを取る。
「……誰かにメールしてるのか?」
さっきまでとてつもなく賑やかだったので、急に2人になると何か気まずくなり適当に質問をぶつけてみる。特に気になってないけど。
「なに奏? あたしのメールしてる相手が気になっちゃうわけ? 安心して。女だから。……大丈夫よ、浮気なんてしてないから」
「いや、そんなつもりで聞いたんじゃないけど。というか浮気っておかしいだろ」
「いいや、あたしは異性とのメールは浮気だと思うな。もし奏があたしの知らない女とメーr」
「ちょっ、ちょっ、ちょっと!? 論点すり替えんな! 俺が違うって言ったのは、俺と真緋が付き合ってる前提で話が進められてく点であって、俺の、浮気か否かの境界線の話じゃないんだよ! ちなみに俺にとってメール交換ごときは浮気になりません!」
「えー? 昔、約束したじゃん! 高校生になったら付き合うって!」
「適当な嘘言ってんじゃねぇ! そんな約束してこなかったわ!」
「とにかく! あたしの知らない女とのメール交換は禁止! 電話なんてしたらその相手を始末する」
……うわぁ怖ぇ。シャレになんねぇよ。始末って何? こいつが言う始末ってものすごく怖いんですけど。
「あら。2人ともここにいたんですか」
そんな茶番をしていると、風呂から出た架乃がリビングにやってきた。
オレンジ色のパジャマに身を包み、タオルで髪を拭いている。綺麗な茶髪はまだ濡れていて艶やかである。
この妹が俺が風呂から出た後すぐに出てきたことについてはまた今度。一介の男子高校生にはハードな状況だった。
「ねぇねぇ架乃? 異性とのメール交換は浮気対象に入ると思う?」
バカな幼馴染はこの異変に気づいてない様子。
「おい、もういいだろこの話題」
椅子に座りながら指摘する。あまり好きな話題じゃない。
「メール交換ですか……。わたしは対象外だと考えますね」
「どうして? 架乃は奏があたし達の知らない美人とメールしてても許せるの?」
「おい待て。なぜ俺が話に出てくるし?」
俺の質問は耳に入ってないようで。
「わたしには、どんな美人に兄さまが略奪されようとも、奪い返す自信がありますから」
ドヤ顔炸裂。……俺を見ても困るんだけど。アピールいらないんだけど。
「……ほぉ~。それはあたしに対しても有効なのかしら?」
「ええ。万が一(強調)、兄さまが、あなたになびいてもわたしに方に振り向かせてあげます。まぁそんな状況ないと思いますけど(笑)」
そんな喧嘩を売る架乃に対して、真緋は両手を机にバンッ、っと叩きつけ立ち上がる。
「なにそれ? 喧嘩売ってるの!?」
「いえ。事実を述べたまd」
「こんの茶髪女~!!」
真緋は持ち合わせた跳躍力でリビングテーブルを飛び越え架乃に襲いかかる。右手には拳が。
架乃はその行動が分かっていたこの如く、冷静な顔で。
「兄さま! あの悪鬼からわたしを守ってっ!」
「えっ!?」
突然入ったSOSなのに体はもう動いていた。椅子に腰掛けていた体はいつの間にか立ち上がり、右足は既に踏み出されていた。目だけは真緋を捉え離さない。
架乃の前に立ち、これから来る痛みを覚悟し、目を閉じる。
後ろに立つ義妹は俺の胸に両手を回して抱きつく体制をとっている。……それ必要?
「えっ? 奏? ちょっ待っ」
「ぐぉほっ!」
俺、昇天。
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「……う!」
「…………」
「奏!」
「うわぁ!」
俺の名前を呼ぶ声を聞き起き上がると真緋と架乃の心配そうな顔が真上にあった。相変わらずの美少女だ。
下のクッションの感触から今はベッド?
「ここは?」
「兄さまのお部屋です。ちなみに時刻は午後9時52分なので30分間ほど気絶しておられました」
心配そうな顔をした架乃は質問に答えながら体を起こしベッドの淵に座り直した。
「やはり兄さまはいつだってわたしを守ってくれますね」
「う……、そりゃあ陽平さんと約束したから」
「ふふふっ」
架乃は嬉しそうに笑いながら髪を触る。
そうか。俺あの時真緋に殴られて気絶してたのか。昔からちょくちょく殴られてたけどやっぱ高校生にもなるとパンチの重みが違うな。
その張本人の真緋は俺の顔をさっきから見つめている。
「奏……、痛くない?」
「うん、まだ頭がふわふわするけど顔は痛くないな」
「ごめんね。あざできちゃった」
「気にするな。それよりちゃんと2人は仲直りしたのか?」
「うん……」
俯きながら答える真緋は声に元気がない。
「気にするな真緋。 おまえに殴られるのは慣れてるし元気のない真緋なんてただの怪力おn」
「一言多いっ!」
脇腹をつねられました。
「いたっ!」
「うひひひひ」
やっと笑った真緋に俺も自然と笑みが溢れる。真緋の笑顔は昔から俺を安心させてくれる。
「ちょっと!? 真緋あなた、ただの幼馴染のクセに近づきすぎなんじゃないですか!?」
「……ただの? 架乃、今`ただの"って言った? あんただってただの義妹じゃない!」
「おいもうやめろよ! また俺殴られないといけなくなるじゃんか!」
こんな茶番をしながら今夜の危機についてばかり考えていた。
……と、いうわけで。
「久しぶりの奏のベッド~」
「うるさい変態」
シングルサイズのベッドに高校生が3人同時に寝ている、というハレンチな状況にいる俺。
シングルなのでもちろん3人が寄り添うかたちになるわけだが気になることが1つ。
「あのさ、これは2人に言いたい事なんだけどさ」
「うん?」「なんでしょう兄さま」
「あなた達が使ってる枕って何でできてると思う?」
「肉」「細胞です」
「誰の?」
「奏」「兄さまのですが」
「……じゃあ言いたい事分かるよね?」
「もっと近くに寄れ?」「もっと近くに来いということが言いたいのですか?」
「違げーよ! 分かれよ! 重いの! 痛いの! 手が痺れてくるの! さっきからずっとジンジンしてんの!」
人間の脳とは体重比にすると全体重の10%にも及ぶ。2人とも、軽いとはいっても高校生なのでそれなりに重さはある。しかも、両手に1つずつ乗っているので身動きがとれない。腕枕なんてものはそんな簡単なことじゃないんだよ。
「はぁぁ……」
「うひゃあ!」
体全身の毛が逆立ち鳥肌が立つ。右耳からの吐息は全身の感覚神経を刺激した。
「真緋! 何するんだ!」
「どう? 気持ちいい?」
「んなわけあるかこんなもん! 全身に鳥肌立ったわ!」
「兄さまぁ~」
「ぐっ……」
左横にいる架乃は抱きついてくる。……てかさっきから体に2つの起伏が当たってるんですけど。
…………負けるな俺。理性を保つんだ俺。相手は幼馴染と妹だぞ。そんな背徳的な考えは捨てるんだ。
「……んっ」
「うわぁぁぁぁ!」
体の力が入らない。あれ? 俺いま食われたよね? 俺の右耳食われたよね?
「はぁはぁ……」
「うがっ……」
架乃の足が俺の体に巻き付く。動けない。動けないよぉ!
いかん。2人とも完全にスイッチが入ってる。今この空間で理性を保っているのは俺だけということか。
しかし俺もまずい。もう箍が外れそうだ。このままこいつらの誘惑を受けていれば俺も背徳者だろう。
……考えろ。この状況を脱する手段を。考えろ!
「うっ……、ひいぃ! ……ひやぁぁぁ!」
ダメだ。頭が働かない。真緋は俺の首に手をまわし俺の大事な右耳をなんか食ってるし、架乃は……、ズボン下ろそうとしてるじゃねェか!!
「……架乃っ! やめろっ……」
「はぁはぁ」
……聞いてねェ。
どうするんだ。この状況の解決の糸口が見つからない。
……こういう時は冷静に。とりあえず解決法としては大きく2つあって、それはこの2人の暴走を止めることと、俺の中の欲望を破壊すること、の2つ。
前者はほぼ不可能だ。説得なんてもってのほかだし、実力行使なんてしたら返り討ちにあって気絶してる間にやられたい放題だな。
後者だけど……。自分で欲望を抑えれたらこんなに苦労はしていない。俺だって健全な男子高校生なんだ。そういう欲求だってあるさ。
…………詰んだな。
というかただ俺は寝たいだけ…………。ん? 寝る? …………きた! その手があったか!
「あぁん奏。どこいくの?」
「ちょっと机にアレを取りに行くだけだ」
「奏……!」
「兄さま……!」
そうして机に掛けてあった学生鞄から生徒会専用の護身セットを取り出す。
その中からある物を取り出し……。
「おまえらが考えてるような者は持ってないけどなっ!」
そう言って俺は右手に持っている球体を大きく振りかざした。
「なっ……!」
「兄さま!?」
生徒会メンバーである2人はすぐにこの球体が何か分かったのだろう。
これは対集団用兵器『おやすみドッカン』。
その名の通り睡眠爆弾で、煙幕のような形であり、強い衝撃を与えると睡眠薬がはいった煙が辺り一帯に広がる。その煙を吸ったものは徐々に強い眠気に襲われ熟睡、というわけである。副作用はなく、約8時間ほどで目が覚めるようになっておりとても安全にできている。
名前は……会長が名づけ親なので俺は知りません。
「真緋! 架乃! おやすみ!!!」
『ボンッ、プシューーーーー』
「キャッ!」「兄さま何を!」
白い煙が一点から吹き出す。床で寝るのは嫌なので鼻をパジャマで抑え、ふらふらしながらベッドに近づく。
真緋と架乃はもう寝ているようだ。
俺の考えは全てを解決する方法だろう。
もうすぐで着くというところで俺の意識は途切れた――。
途中で一瞬でてきた『陽平さん』という人物は、これからの話の大事な伏線になります。