#1 Transfer ~生徒会引継ぎ試験~
奏、架乃、真緋の3人が生徒会に入るきっかけとなったエピソードです。
夏。
その日は猛暑日ともよべるような暑い日で。
俺たちはあの人と出会った。
これは偶然か、はたまた、必然か。
その時から俺たちの学園生活は、まったく違う色彩に変化した――。
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暑い日だった。
梨園学園での大きなイベントの1つ、『梨園祭―四神の乱―』が終わった7月の半ば。生徒は定期テストを終え、来る夏休みへと思いを馳せていた。
俺の属する1年A組もそんな雰囲気に満たされていて。
昼休みである現在、周りから聞こえる話には『夏休み』というワードがちょこちょこ聞こえてくる。一緒にプールに行く約束をする女子たち、祖父母の家に帰省する話をする男子、夏休み期間中の部活動について話す女子、課題の内容が書かれた紙を見ながら嘆きを漏らす男子。総じて夏休みに関する話題でも詳細は様々だ。
そんな空気の中、俺はもくもくとキーボードを叩き続ける。
カタカタカタカタカタカタカタカタ――。
そんな俺に話しかける男子が1人。
「……ねぇ奏? 僕の話聞いてる?」
眼鏡をかけた見た目超理数系の男子生徒、永坂真智。俺の友人である。
PCが頓挫する俺の机の前の席の椅子に座り、さっきまで一緒に弁当を食べていた彼は、話していた話題に対する俺の応答が生返事になっていることに気が付いて話をいったん中断したようだった。
「――んん? ああ、聞いてるよ?」
俺は定常を装いながら答えた。
それに対し彼は、
「じゃあさっきまで僕が話してた話題言ってみてよ」
と言う。
だが、もちろん俺は聞いてなかったのでその正しい回答については分からない。ここは無難に『夏休み』か?
「夏休みについて」
「違うよ! だーから、『次期生徒会執行部』についてだってさー!」
不正解の俺に対し、真智はそう声を荒げた。
しかし時期生徒会ナントカとかいうのに俺は興味がないので、
「そーなんだ」
「なにその興味なさそうな声音」
「ちょっと今忙しーんだよゲームが」
「はぁ……」
真智はニートを見るような目で溜め息をついた。そうして俺に話しかけるのを諦めたのか、机から文庫本を取り出すと、しおりの挟んであるページを開き読み始めた。
ちなみに、先ほど俺は嘘をついた。
俺がやっているのはゲームじゃない。ハッキングだ。
教室の後ろのからコードをひき、俺はネットワークを手に入れ、いそいそとハッキングに取り組んでいた。
ここで余談だが、梨園学園の入学制度について話しておこう。
我が学園の入学試験は、一般の高校とは全く方法が異なる。それはこの高校の方針に由来するところがあるようだが。
通常の高校が欲する生徒というのは、学力が高く運動もできて生活態度もまじめ、というのが定石だろう。
だがうちの学園が入学試験で最も合否を決めるポイントとして『AwakeSkill』、通称ASというものがある。
この概念は『自分の武器となる得意分野』についての優位性で合否を決めるものである。
例えば、1人の偏差値60、運動もまぁまぁできるという優秀な生徒Aくんと、時速150キロの球を投げれる凄腕の野球部であるが偏差値は30という体育会系の生徒Bくんがいたとしよう。そうすると、この学園に合格するとすれば確実に後者のBくんのほうだ。
他校では学力試験と内申書、そして面接で合否は決定されるが、梨園学園ではその個人の得意分野1つずつで入学試験の方法が異なる。
先ほどの生徒をまた例にすると、万能型のAくんではどの科目で受験するか、というのが明確にない。それで少し他の科目より数学が得意ならば受験分野は『数学能力』となり、この分野での受験者は数学の学力試験のみで合否が決定される。しかし『数学能力』で入学しようとするなら数学の全国偏差値は75~80なくてはいけない。なのでこのAくんは不合格となる。
またBくんの方では『スポーツスキル“野球”』での受験になる。この分野での受験者は、実技のみでの試験だ。事前に言い渡された受験日に召集され梨園学園の体育教師の前で自分の野球の腕前を見せつけ合否が決定されることになる。Bくんの場合、時速150キロの球が投げられるという点に関しては他の生徒と比べるとかなり光るところがあるのでこの場合Bくんは『スポーツスキル“野球”』での合格になる。
つまり、ある一点でのみ受験しその分野について優秀な生徒ならば他の分野に関して問題があっても入学できる、というのがこの『AwakeSkill』、約してASだ。
受験分野は、有名どころな『数学能力』、『英語能力』、『理科能力』、『スポーツスキル』から、マイナーな『華道能力』、『プログラミングスキル』など沢山の受験分野があり、その数は軽く100以上ある。この得意分野のことを関係者はみな『スキル』と呼ぶ。
俺、相楽奏が選んだスキルは『情報処理能力』で、主にPCでの応用的なスキルが必要となる分野だ。ちなみに試験内容はタイピング速度、擬似ハッキングの実技、プログラミング試験の3つの実技だった。
話を戻そうか。
今やっているのは『クラッキング』。目標は学園のホームページの先のバンクだ。
ここ、私立梨園学園は少し特殊な学校だ。前述の入学試験の方法やクラス分けの方法などに異質な点は多く存在するが、その1つに、生徒1人1人にインターネットのサイトが用意されている。簡単に言えばログインページが存在する。
生徒が翌日の時間割や課題を知る方法は大きく2つあって、1つは生徒会から送信されるメールを読むことだ。
梨園学園の生徒は入学と同時に学園側に携帯のメールアドレスを教えることが義務付けられており、その情報を使って学園は毎日生徒の携帯宛てに時間割などの情報を送信する。ちなみに携帯を持たない生徒は親のアドレスを登録することとなっている。
しかし間違えてそのメールを削除してしまうかもしれない。そんなときに役立つ方法というのがもう1つの方法、「マイページ」だ。
生徒個人が持つ生徒証の裏には個人個人のIDが記され、そのIDと自分で設定したパスワードを学園のホームページのログインフォームに打ち込むと「マイページ」というその生徒だけの情報サイトに移動することができる。そこには翌日の時間割、課題だけではなく、部活動の予定表、模試結果やテストの成績、また先生からのメッセージを見ることができる。このシステムはかなり便利で俺も常に使っている。
話を戻すと、今日の俺のターゲットのバンクというのは梨園学園のホームページの生徒の個人情報を管理している部分だ。
別に生徒の携帯番号を知ったからといってなにか悪さをしようと思ったのではなくて、ただ単純にこの学園のセキュリティはどれくらいなんだろうか、という好奇心からだ。
1000人を超える個人情報を守るセキュリティはどれくらいなんだろうか――と思っていたが、
「……くそ守り浅い……」
それは予想を大きく上回る弱さだった。
使用しているのは一般に売られているウイルス対策ソフト一本のみ。ただの高校の情報を守るには十分ではあるのかもしれないけどここは何たって超エリート高校“私立梨園学園”。その筋のエキスパート高校生ばかりを集めている学校にしては少々ガードが浅すぎないだろうか。
事実、この学園に『情報処理能力』で入学した生徒がここにいるわけだし……。
「――で、さっきの話の続きなんだけどさ」
PCを片付けた俺を見て、文庫本をしまう真智。まぁ暇になったし話に付き合ってやるとするか。
「ああ、なんだっけ? 生徒会?」
「そうそう、その生徒会の話なんだけどさ」
「うん。あれ? 真智のお兄さんって今生徒会やってんじゃなかったっけ?」
俺は生徒会というワードからあのイケメンの生徒会の人を思い浮かべた。
「うん、そうなんだけどさ。で、その兄さんから聞いたんだけどもうそろそろ生徒会の引継ぎがあるんだって」
「へぇー」
「でもまだ次期生徒会のメンバーが決まってないんだって」
「はぁ? なんで? 普通生徒会って選挙で決めるんじゃなかったっけ?」
俺は首を傾げた。前通っていた中学校では生徒会選挙というものがあったはずだ。
「いや違うよ! うちの学園って生徒会は選挙なんかで募集されないんだって」
「んん? じゃあ何で決めんの? 生徒会長との面接、とか?」
「いいや、そうじゃなくて、」
そこで真智は一旦言葉をきり、
「次期生徒会長のス――」
『お兄様、メールですよん♪ お兄様、メールですよん♪』
…………。
真智の言葉を遮って、なぜか俺の制服のポケットから鳴り響いた妹ボイス。ナニコレ。オレシラナイ。
「……」
「……」
沈黙だった。俺と真智の間を満たしていたのはただただの沈黙。気まずい雰囲気が俺の背筋を寒くする。
そんな沈黙を破ったのはもっとも気まずいであろう真智だった。
「あのさ、奏……?」
「うん……」
「こういう趣味が……?」
「ちげーよ! 俺のせいじゃないよ! これは架乃のいたずらなんだよォォ!」
「……」
しかし俺の必至の弁明も無駄であり、真智は全力で引いていた。
まぁ仕方ないよな。あんなにかわいい妹持ったらこんなことしてもおかしくないわけじゃないけど不思議じゃないし。
「それより奏……? メール、来てたんじゃないの?」
「ああ、そうだった……ッ」
後から真智には全力で釈明、架乃には本気で説教するとして、とりあえず今はこのメールを確認するとしようか。
そうして俺はポケットから携帯を取り出し画面を開くと、
「……誰だこのアドレス」
初めて見る字列。相手はまったく知らないアドレスだった。
とりあえず内容を開いてみると、
『【HHELIBEBCNOFNENAMGAL〇IPSCLARKCASC▽I……】 謎解きに挑戦! 放課後、〇□▽室に来ること♪』
「……はぁ?」
メールの文面にはアルファベットの羅列に少しの記号、そして本文であろう命令文が記してあった。
明らかに暗号。俺を試そうとしてんならハッキングにしてほしかったものだ。
「なぁ真智。なんか意味分かんない文が……」
俺はこの不気味な文面を真智に見せてみた。すると、
「んん? えっとどれどれ」
「これ」
「ん? なにこれ」
「なんか知らんアドレスから届いとった。暗号? なぁ、この意味分かるか?」
「う~~ん。……なんだかこの文字列、見たことがあるような~」
「え、うそ」
顔をしかめる真智を横目に、俺ももう一度文面に目を通す。
「はっへりべぶしのふねなまがある○いぷしくらっ□かすく▽
い…………?」
ひとまずローマ字読みしてみる。しかしまったく意味が分からない。
なんなんだこの暗号……?
*
暑い日だった。
テストの終了とともに教室を満たすのはテストの終わった安心感と夏休みへの焦燥感。まぁでも普通科文系能力者編成のこのクラスは割かし女子が多くて前者の安心感の方が少し勝るかなといったところ。わたしは後者その1人で、早くも脳内で夏休みの計画を立てていた。
(夏休みはたっぷり時間がありますものね。お兄様と一緒に過ごせる時間も増えると思いますの。ぐふふ、さてどんなことをしようかしら……)
おっとわたし、今イケナイ顔してないかしら。なんたって今は授業中。授業に集中しなきゃ。
とは言ってもわたしは授業を受ける必要がなかったりする。事実、今もノートは一応出しているけど教科書は出していない、というか持ってきてすらいない。
わたしには生まれつきかは分からないが、『映像記憶』という能力が備わっている。
『映像記憶』とは、ヒトならば誰しも生まれた時には備わっている能力で、眼に映ったあらゆる対象物を映像のように完全に記憶し、どんな昔に記憶した映像でも瞬時に想起することができる能力のことだ。しかしこの能力、だいたい思春期以前に消失してしまうらしい。なので普通の人は失っているのだが、ごく一部の人間にのみ成人後もこの能力を保有し続けるものがいて、その1人がわたし、相楽架乃だ。
しかし、気になるのはわたしにはだいたい小学生三年生ぐらいまでの記憶がほとんどない。つまり、ずっと保有していたわけではなく、思春期以前に消失した後、再度また発現した可能性がある。その発現のタイミングだが記憶があるのは小学三年の夏休みの8月13日からだからその瞬間に何らかの原因で備わった可能性が高い。でもこの原因というのが全く思い出せないのがわたしの長年の悩みであったりもする。
そんなわけでわたしには映像記憶が備わっているので、教科書や資料集などの見るものは全く必要ないのだ。毎日もってくるのはノートのみ。問題集などもノートに計算式と答えを書いてチェックメイトだ。そして答えまで記憶済みなので答え合わせも問題ない。
だからわたしは授業なんて聞く必要なんてないのだけど、授業態度が悪いと成績を下げられてしまうのでちゃんと授業を聞くことにしている。なぜなら成績が悪いとお兄様を心配させてしまうからだ。
あ、そういえば今朝お兄様の携帯の着ボイスをわたしの声にしといたんだった。ぐふふ、誰かかからメールがあったらどうなるのかしら。あのお兄様の慌てふためく今朝の顔……。んふふ、ふふふふふふふふ……。
「――相楽さーん?」
「あぐっ」
頭にかかる衝撃。頭をさすりながら頭上を見上げると今の今まで授業中だった古文担当の佐伯先生が呆れ顔で佇んでいた。
「あれ? 授業は……」
「今さっき終わりましたけどー? はぁぁ、どんだけすごい妄想にふけっていたのかしら。そんな満面の笑みで自分の髪を撫でながら体をクネクネされたら授業妨害以外なんでもないわ」
佐伯先生はもう一度溜め息をついた。
「というか何が授業妨害なんです? テストも毎回満点とってますし、ちゃんとノートもとってるじゃないですか」
「どこがノートとってんのよこのノートのどこがぁ! 練習問題しか書いてないじゃないの!」
「心配は要りません。黒板の内容なら記憶してますし、先生の話も映像に変換することで文章として記憶してますわよ?」
「くっ……。それでもねぇ、あなたのその授業態度はわたしにも生徒にも悪影響を及ぼすのよ」
「どのように」
「まずその動きがあたしが気になる。んふふ、って言いながらクネクネするのが無性に気になる」
「あら……」
「それにそのあなたの惚気モードが男子の目を集めてんの。あなた、実際かわいいでしょ」
「そんなっ、先生なにをいきなり」
「うるさい照れるな。だーからぁ、その可憐なあんたがうふふ、とか言ってると男子の目がどうしてもあなたにいっちゃうわけよ。それで男子どもが授業きかないんだってば」
「あら、それは困りましたね。それではわたしはどうすれば?」
「ちゃんと授業聞けばいいの」
「はーい」
わたしは適当に返事をしてまた妄想を開始し――。
「ほんとに反省してるわけ!? このままだとその憧れの相手のA組の相楽くんに「E組の相楽さんがまったく授業を聞きません」ってチクるわよ!」
「それだけは! それだけはご勘弁をぉ~!」
すかさず頭を下げるわたし。こんな脅しはわたしの一番苦手とするものだ。
「ふぅ……、あなたを操るためには相楽くんがうってつけみたいね」
「ぐっ……ッ!」
「じゃああたし次の授業あるからもう行くわね~♪」
「わたしの唯一の弱点が……」
もう古典を妄想タイムに使うのは無理そうだった。
それから数時間後。
今は昼食の時間で、時間割的には昼休みであった。
わたしも友達と席をくっつけてお弁当(わたし作。ちなみにお兄様にもわたし作)を食べていたところ事件がおきた。
――――ガラガラガラ。
扉の開いた音がした。みんなが注目するのと同じくわたしもそれに対し目を向けると、
「失礼します」
……!
その顔を見て記憶を手繰り寄せる。あれは既視感のある顔だ。
そしてすらりと脳内に出てきたデータは、
「生徒会執行部、庶務「永坂梓」……」
――――永坂梓。2年B組出席番号19番。ASは『IQ』。兄弟に1年A組永坂真智がおり、その永坂真智はお兄様と懇意な間柄。生徒会執行部の庶務としても有名だが、そのどんな女子をも虜にするであろう整った顔でも有名。スポーツ勉学共々優秀でスペアスキルレベルである。完璧超人だが彼の本質は並外れたIQにある。詳しい数値は分からないが常人とはかけ離れた数値ではある――――、か。
記憶とそれに関連する記憶を結びつけて構成した彼のプロフィール。なるほど、まとめるとイケメン天才庶務、かな。
そんな彼は女子の黄色い声を浴びながら教室を歩いてくる。
そんな彼の行き先は…………、あれ? あ、あれ?
「相楽架乃、さんで正しいかな。ちょっと急で悪いんだけれどさ、」
「は、はい?」
なぜわたしのところにそんな超人が来たの? という疑問でいっぱいのわたしに彼はこう言ってきた。
「ちょっと付き合ってくれないかな?」
*
暑い日だった。
体育科であるあたしのクラス、F組はこんな暑い日には最悪だ。他の普通科の教室は定員が40人なのに対し、ここ体育科は60人の生徒がいて、その約7割が男子で構成されている。ただでさえ男の多いこのクラス、むさっ苦しいたらしょうがない。
それでも時間は午後4時半。気温のピークを過ぎてだんだん温度が下がってきた。ピーク時には27°だったからかなり涼しくなったんじゃないかな。
そんな教室を颯爽と出てあたしが向かうのは普通科理系能力者編成クラスのA組。
時刻は午後4時半。時間割の項目はすべて終わり、周りの生徒も部活に行くものだったり教室で友達と喋っていたり家に帰るものだったりで、4階のフロアは喧噪に満たされていた。あたしは男子共からかかってくるうるさい声をテキトーに返しながらA組の教室に歩を進める。
そうして教室に着き、中を覗いてみると、
「……あれ、いない……?」
あたしの目的の人物はいつもの席にはいなかった。教室のどこを探しても見当たらない。
ったく、どこにいっちゃったんだか。
なのであたしは教室の中でまだ喋っていた女子数人に奏の居場所を訊こうとしたその時、
――――ぴぴぴぴぴ、ぴぴぴぴぴ。
ポケットの中から伝わる微振動。そして無機質な音。
「あ、電話?」
ポケットから携帯を取り出し開くと相手はあたしのお目当ての文字『奏』の表記。メールではなく通話になっていた。
すぐさま応答ボタンを押す。
「ちょっと奏、どこにいるの?」
『ああ。あのな、なんか急に用事ができたから先に帰っといてくれないか?』
朝ぶりの声に少しホッとする。それでも内容は楽しくないものだった。
「えぇ~。用事って?」
『ん~、なんかよくわからない……』
「なにそれー。まさか誰か女と会うの……?」
『いや、分かんない。とりあえずすぐ終わらせるから先に帰っててくれ。じゃあな』
「いや、ちょっと!」
一方的に切られた通話にしばし画面を見つめるあたし。恐らく今あたしは怖い顔をしていることだろう。
「……ん~、怪しい……」
浮気の可能性アリ……。
いつものあたしならばどんな手を使ってでも追跡するわけだが、今日は猛暑日。早く帰りたかったので諦めることにした。
「架乃でも誘って一緒に帰ろっかな」
そんな事を呟きながら、あたしは4段飛ばしで階段を降りる。
「架乃も用事、か……」
あれから架乃のいるであろう図書室に行ってみたはいいがおらず、メールで聞くと結局、奏と同じで「野暮用」だとかでいなかった。なんなの2人とも、あたしだけ暇人みたいじゃない……!
だからあたしは1人で寂しく帰ることにした。友達はみんな部活に行っちゃったし、完全な1人下校だ。それで今は1階の廊下。
窓の外を見るとテニス部の生徒がランニングをしていた。日は7月ということもあり落ちる気配すら感じさせない。
そして、『資材室』を通り過ぎようとした時に事件は起きた。
「――え……っ!?」
唐突。
横にあった教室の扉が急に開いたかと思うと、そこから腕を掴まれた。そして強引に引きずり込まれる。
咄嗟のことで回避も受け身の予備動作も取れなかったので、そのままあたしは教室の床に投げ出された。
それから周りを見ると数人の男子。1人はあたしが入ってきた教室の鍵を閉めるところだった。
これは……、
「…………なんですか? レイプでもするつもりですか先輩?」
「ふん。話が早くて助かるな」
一番前にいた男がいやらしい笑みで答える。バッジの色を見るに3年生だ。
あたしは起き上がりながら、
「……なかなかいい趣味してますね。ここは1階の資材室。大声をだされても気づかれないし、人もほとんど来ない。そういうコトするにはうってつけの場所ですもんね」
「だろ? ったく俺たちがお前が来るまでどれだけ待ったと思ってんだ」
「それはお疲れサマ、とでも言っといてあげますよ。ふふふ」
あたしは制服についたホコリを払いながら、男たちを見渡す。そして溜め息をついて、
「……はぁぁ。それにしても相手を見くびりすぎじゃないですか? あたしが誰か分かってるんですか先輩?」
「ああ、もちろん。『体育科のエース』とか呼ばれてるやつだろお前。だから、さ」
その声が合図であるかのように、置いてあった段ボールの影からさらに数人の男がわらわらとでてくる。そして男は答える。
「数で押し切っちまおうって作戦だ」
人数は11人。肩幅などを見るに、全員体育科の連中か。
男たちはあたしを囲むようにして立つ。逃げ場をなくすつもりのようだ。少しは考える頭をお持ちのようね。
「……それにしても1人のか弱い女子高生に対してそんだけの人数ですか」
「まぁな。お前の体を狙うやつは多いってことだよな、ひひひ」
確かにあたしは胸もおっきいし、結構美人だし、脚も綺麗だけど。つーか奏ったらなんであたしに全然なびいてくれないのかしら、あんなに誘惑してるっていうのに、って今は忘れておこう。
「それは褒め言葉として受け取っておきます」
男たちがニヤニヤと笑いながらあたしの体を舐めまわすように見てくる。その視線に自然と鳥肌が立った。
――これは少し痛めつけないとダメかな……。
あたしはかばんから音楽プレイヤーと無線機能のイヤホンを取り出し、そして言う。
「あたしの初めての相手はもうすでに決まってるんで。それでも強引にあたしを犯したいっていうんだったら――」
男たちがニヤニヤと気色悪い笑みで近づいてくる。
あたしはイヤホンを耳にさし、音楽プレイヤーから一曲選曲し再生。その瞬間に、脳がうなりをあげる。
――その時のあたしは気付いていなかった。携帯のランプがグリーンからレッドになっているということを。
男たちが一瞬困惑の表情をしたものの、そのままあたしの体に手を伸ばしてきた。
それにあたしは――、
「――潰れて下さいね、先輩ッ♪」
そしてあたしの全神経のシナプスが、炸裂した――。
ちなみに架乃のスキルは『オートメモリ』、真緋は『スポーツスキル“万能型”』です。