#10 Control ―前編―
白ユリ事件はチームTRIGGERの活躍で終結へと向かった。
しかし、事件後。
白ユリ事件に誘発された問題がスーパーハッカー相楽奏を襲う!
今回のタイトル、Controlは、2つの話を同時進行でいきます。
1つはラブコメらしい真緋の暴走。
もう1つは白ユリ事件の収集について。
です。
シリアスとラブコメが交わる時! 物語ははじまる!(すいません……)
あの人が前を歩いている。
あたしと架乃の手を引きながら。
いつもこの人にあたしたちは助けられてばかりだ。
苦痛と絶望から、あたしを。
悲愴と後悔から、架乃を。
彼はあたしたちにとってどんな存在なんだろう。
思い人? 恩人? 仲間?
そんな軽い言葉で表せないや。
あたしたちは彼にとってどんな存在なんだろう?
生徒会の仲間? 同級生? それとも――。
彼はいつも飄々としてるからよく分かんないだよね。こんなに長く過ごしてきてるのに。
あたしもパソコンができるようになったら分かるのかな。あ、あたしそういうの苦手だったんだった。
結局どんなに長いこと一緒にいても1人の人を完全に理解することはできないんだよね。
それはあたしも架乃も同じ。架乃が彼の義妹で一緒に生活してても無理なんだ。
でもいいの。彼を一番理解してるのはあたしなんだから。うん、そう思っておこう。
……ん。ねえ奏。どうしたの? 急に立ち止まってさ。
え、ちょっと奏! どこ行くの!? ねえ!
あれ? 追いつけない……。どうして追いつけないの……? どんどん距離が離れて……。
奏!! あたしたちを置いていかないでよ! あたしたちから離れないでよ! どこに行くつもりなの!?
ねえ……、あたしを……――。
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「――ひっく……置いてかないでよ……ぉ。うぅ……ねえ、奏……――――ん?」
目を開くと見慣れた天井。
半開きの瞳をこすりながら上半身を起こし、周りを見てみるとそこはあたしの部屋だった。
太陽の光が薄ピンクのカーテンを通り抜け、光源のない部屋を薄暗く照らす。
そういえばあたしは確か学園長先生の車で寝ちゃって……。ここにいるということは奏か架乃があたしを運んで――。
――奏?
なぜだか心がざわついた。まるで暗い洞窟に置いてきぼりにされたみたいに。
いや、そんなことよりいま何時だろ。確か今日も学校はあるはずだ。
強引に心のモヤモヤを断ち切って手探りで携帯を探す。
――ぐすん。
あ、れ?
「あたし、どうして泣いてるんだろ……」
ベッドの近くに落ちていた手鏡を拾って自分の顔を映してみた。
そこには目を赤く腫らし、頬に水滴を垂らしたあたしの顔があった。
枕を触ってみると、ひんやりと濡れた感じがした。そんなに泣いたのか、あたし。
でもどうしてあたしは泣いていたんだろう? こんなに目が腫れるほど。
そこで夢の内容が漠然とだけど思い出せた。確かあれは…………!
――奏が……どこかに……。
あたしは心配になってすぐにベッドから飛び起き、パジャマのまま自分の部屋のガラス戸を開けた。
そこをでるとベランダがある。ベランダといってもそこまでの広さはない。ほんの少しのスペースとあたしの胸らへんまである金属の柵があるぐらいである。あたしにとっては無いような高さだ。
その柵をひょいと飛び越えて手すりの上に立つ。手すりも金属で、丸くカットされているので、あたしは壁に手を突き平行を保った。こんな状況を近所の人に見られたら自殺直前に思われるだろうけど。
そして壁においた左手を離し手すりの上でしゃがんだ。両手は手すりを持つことにより転落を防いでいる。
そのまま目先の目的地に向けて、
「――ほっ!」
跳ぶ。
距離はだいたい5メートルぐらいだろうか。常人なら確実に飛び込みを棄権するレベルである。ここは2階。落ちたら怪我は免れないだろう(あたしを除く)。
それでもあたしには大した距離ではない。
脚を最大限にまで曲げたときの最大飛距離は約7メートル。力加減を間違えたらあちらのガラス戸を破壊するほどの勢いで激突することになってしまうぐらいだ。
右手を、相楽家――奏自室のベランダの手すりにポンと置き、跳び箱を跳ぶときのようにして地に着地する。振り返るとあたしの部屋のベランダにかけてあるハンガーが小さく揺れていた。
いや、それどころではないのだ。
奏は……。
「……うー。カーテン邪魔ぁぁ……」
カーテンが思いっきりあたしの視界を遮っている。さすがのあたしも透視能力まではない。
それでも奏がいるかいないか判定する方法なんていくらでもあたしには存在するのだ。
とりあえずまず思いついた方法を実践すべく意識を集中してみる。全身の皮膚の感覚神経に意識を傾注する。すると、
「うん。これは奏の気配だ……」
原因不明の確信が生まれた。
あたしは昔からなぜか人の気配に敏感で、奏の場合なら半径10メートル圏内なら他人の放つ気配とも見分けがつくのだ。
架乃なら試したことはないけど半径5メートルぐらいなら判定できると思う。他人なら判別まではできないが感じ取ることぐらいなら半径10メートルでも20メートルでも可能だ。
それでも苦手なシチュエーションというものがあり、人ごみの中、また奏のお部屋などでは能力が効きづらい。この2つに共通部分が見いだせないので対策も練れなかった。
なのでこの体質について、IQ……だったけ? 確かそんなやつが165もある天才の、副会長――永坂梓先輩に生徒会に入った最初のころ聞いてみたところ、
『――うーん……、御池さん?』
『――はい』
『――それはたぶん電界の影響だと思うよ』
『――デンカイ……?』
『――うん。電界ってのはね、簡単にいうと電気力の働く空間のことなんだけど』
『――デンキリョク?』
『――真緋、電気力ってのは簡単にいうと電気の力だ』
『――おーなるほど』
『――はは。でね? 平たく言うと御池さんが気配を感じ取れるのは、人が発する生体電位と言われる体内の電気的な状態から生じる準電界の変化によるものなんだ』
『――???』
『――準電界の状態は、人が例えば……、歩いたりするときには足の裏と地面の接地面積の変化や、地面との間の電荷のやりとりによって変化したりする。つまり準電界は人が体を動かすと変化するものなんだ』
『――???』
『――こうした準電界の変化は、数メートル離れた場所にいる別の人間の生体電位にも変化を与える。おそらく、この変化を御池さんは感じ取ることができるんじゃないかな』
『――いや……でも永坂先輩。そんなこと他の人にもできるんでしょうか?』
『――できるにはできるよ、知らず知らずのうちにね。ほら、相楽く……じゃない、奏くんも人の気配ってのを感じるだろ? あれはこの現象を無意識のうちに受けているからなんだよ』
『――……なるほど』
『――それでも20メートルも離れた位置から、気配だけでなく人数まで察知できるのは常人にはできないね。これは御池さんだけのスキルだ』
『――へぇ~』
『――それに奏くんに対しては識別もできるなんてね。確かに、人体を包む準電界は1人1人違うから、できないことはないんだけどね。でももちろん凡人にはそんなこと絶対に不可能だ』
『――うん、これは愛の力ですよ』
『――ははっ、そうかもね』
『――いや先輩! そこは否定してくださいよ!! こいつまた調子にのるんですから!』
『――まぁまぁ。オレもよくそこまでは分からないし』
『――ホラ。愛の力ってすごいよねー』
『――うるせえ! いつか俺が必ず論破してやる!』
『――論破!? このあたしの体質を解明すると! つまりそれは体の隅から隅までじっくり調べられる!? どこをどう触られるのかな! どこを(ry』
「……じゅる」
あたしはあの時の会話思い出して流れ出てきたヨダレを急いで右手で拭いた。
ちなみにあの後はあたしが奏を無理やりソファーに押し倒したのだが、遅れて生徒会室に来た架乃の警棒で気絶させられ、お楽しみはお預けになったが。
ん……? お楽しみ?
状況を確認してみる。
奏 → 聴力に意識を集中したところ寝息が聴こえたので、おそらく寝ている。
架乃 → たぶん寝ている。昨日あんな事件があったあとだし。架乃は戦闘経験浅いから昨日は相当疲れたはずだし。うん、寝ているはず。
華さん(奏と架乃の母親) → 寝てる。絶対に。昨日の夜は予備校の講師のバイトがあったはずだから。
あたし → もう性欲が……。
決めた。襲おう。
しかしここで問題になるのは奏の部屋のガラス戸が開いていないことだ。
そりゃ、あたしなら簡単に割れるけど奏が起きちゃうし……。……あ、あと怒られるし!
あたしはどうしようもなくてベランダに腰を下ろした。リノリウムの床に木の簀の子を敷いただけのベランダの床は少しひんやりしていた。
「あぅあ……。こんなに近くにいるのに……会えないなんて……。」
ラブストーリーの映画ででてきたらそれはもう様になったセリフだっただろうが、あたしの目的は残念ながら夜這いならぬ朝這いである。
溜め息が自然とこぼれたが、いい案は思い浮かばない。とにかく、早く名案が浮かばないと自分を抑えられなくなってガラス戸を破壊して侵入してしまいそうだ。
小鳥がぴよぴよとさえずる朝。
「んあ!」
名案が頭に降ってきた。
「そっか。架乃の部屋から入ればいいのか」
これが名案である。
あたしの頭脳はこの程度なのだ。
すぐに少し助走をつけて奏のベランダから架乃のベランダへ飛び移る。距離は目測7メートルより少し長いほどだが助走ありなら余裕だ。
シュタッと着地にも成功し、ガラス戸に手をかけ、横にスライドしてみると、
「あはよぉございまぁーす……」
スーーーー。
開いた!
小さくガッツポーズをして、足音に気を付けながら架乃の部屋にはいる。
白を基調とした大人っぽい雰囲気と部屋で、ある家具といえば勉強机とクローゼット、そして小さなテーブルとクッションが3つあるだけのシンプルな部屋だ。
そしてベッドにすやすやと眠る架乃。綺麗な栗色の髪はベッドからはみだすほど長く、それはとても艶やかでそそられるものがあった。その姿はまるで白雪姫を思い出させた。
そこである違和感にあたしは気がついた。ぬいぐるみが所々あっても、あたしの部屋とは決定的に違うところがある。それは、
「……あいかわらず本類が全くないね、架乃は」
漫画や小説などが1冊もないのだ。それはあたしとあまりにも違いすぎていて少し違和感を感じる。この本の無さは毎回架乃の部屋に遊びに行ったときにはいつもぬいぐるみで遊ぶことになるほどである。あたしの部屋には少女漫画やライトノベル(読みやすいやつじゃないと読めない……)、そして少し大人な漫画まで結構蔵書数がすごいので大きなあたしの身長を軽々超えるような大きさの本棚が2つもあるが、架乃の部屋の場合、勉強机に置いてある小さなブックスタンドだけで事足りるようだった。もちろんそこにあるのは書き込み式の教材のみ。
「んあぁー。ほんとに架乃の映像記憶、うらやましいなー……」
つくずく思う。記憶容量に限界がなかったらどんなに楽だろうと。
でもそれを架乃に昔言ってみたところ、それなりにデメリットもあるようだった。忘れたいことも忘れられなかったり。
……。
――うわ! そんなことよりはやく奏の部屋に行かなくちゃ!
少しの間架乃の部屋に見入っていたあたしは音を立てないようにドアノブをひねったのだった。
*
なかなか寝付けない夜だった。
拉致から解放されたアタシは、病院に移送されたあと、すぐさま医師の診断を受けた。 実際、アタシは今回の事件では特になにかされたというわけではないので、医師の男にそう説明したが、解放はしてもらえなかった。
その診察も1時間ほどで終わり、アタシは病棟の個室のベッドで横になっていた。
時刻は夜の10時。外は今日が曇っていたせいか、星は1つも見えなかった。
疲れているはずなのに。なぜか今日は寝付けない。
いつものアタシなら午後9時には寝るからとっくに熟睡に入っている頃合いである。
まだ緊張してる? まだ震えてる?
今日の記憶が思いだされる。負の感情がアタシの脳内に流れてくる。
事件の最初は生徒会の庶務――相楽奏からのメールで屋上に呼び出されたことだった。そして約束の時間に屋上に行くと、
『――あれ? 奏くん……?』
『――――残念ながらWIZARDは来ませんよ』
『――は? アンタ誰?』
『――うーん。名前は教えられませんよ。でもあなたより1つグレードが下の1年です。ほら、この緑のバッジがその証』
『――……それでなぜアンタがアタシがここに来て奏くんも来ることを知っているの……?』
『――そんなの簡単なことでしょ。僕が…………先輩をここに呼んだからです――』
『――うぐっ……!』
睡眠誘発ガスを吹きかけられアタシは気絶。
その時は何が何だか分からなかった。いくつもの疑問が思考を占領した。
でもその時の記憶はあまり残っていない。そう言っていた1年の生徒はアタシに喋っていたけど顔がどうしても思い出せないのだ。
そして思い出す、あのときの記憶。
ああ、確かあの時も呼び出されてだっけ……? 先生に呼び出されて体育館裏に行ったらいきなりナイフ……でね……。おかげで、右手にこんな傷残っちゃったし。あーあ、アタシも無警戒なのかな。バカ正直にほとんどしゃべったこともない先生のところにいくなんてね。
そういうことからすると、今回も同じかな。知り合ってそう時間も経ってないのにね、生徒会だからって、信じて。確かに奏くんに悪意はなかったけど、結局はこの通りよ。もしかしてアタシって騙されやすい女……なのかな……?
そこまで考えて、アタシは自分の目から涙がでていることに気付いた。
人間というものは不思議なもので、そう認識するとさらに涙がとめどなく溢れてくる。
「ひっく……うぅ…………っ……うっぐ……っ……!」
止めようといくら思っても、それは止まってくれなかった。まるで大量の水をせき止めていたダムが決壊したときみたいに。
「あ……アタシは……っ……誰を……信用、すれば……ひっく……っ……いいの……?」
「――あの子たちを頼りなさいな」
「……っ……あ」
「あの3人をいつまでも信用しなさい。花恋」
「……お……姉ちゃん……?」
突然流れ込んできた他人の声にびっくりしたが、その声質から相手が誰かすぐわかった。梨園学園生徒会長にして巨大電機メーカー『AICE』の3代目代表取締役社長、そして何よりアタシに昔からいろんなことを教えてくれた従姉――桐生紅葉だ。
お姉ちゃんの姿は暗闇で見えなかった。照明の明かりをつけなかったのは、プライドの高いアタシが泣き顔を見られるのが嫌なのを知っているからだろうか。
漆黒の闇の中、アタシの嗚咽の音とお姉ちゃんの澄んだ声だけが響く。
「体の調子はどう?」
「う、うん……ひっく……大丈夫……」
お姉ちゃんは、それは安心したわ、とだけ静かに言った。どうせもう結果は医者から聞いてるくせに。
そうしているうちにだんだん嗚咽も収まってきた。
それからお姉ちゃんは言った。
「花恋……。今日はあなたを守ってあげられなくて本当に申し訳ないわ……」
「そんな……」
お姉ちゃんの声が少しだけ震えているのをアタシは感じた。そしてそれを隠そうとしてる事も。
「お姉ちゃんは悪くないよ! 今回の件は誰も悪くないんだって! ね?」
「……それでも、約束を守れなかったのは事実よ。わたしは言ったわ、あの時。そう、あなたが前の中学校で……襲撃にあった後。『わたしの学園に来なさい。あなたを守って見せるから』と」
「…………そうだっけ……」
もちろん覚えてる。あのときは本当に嬉しかったなぁ。
「わたしのミスよ。本当に、ごめんなさい……」
「…………いいよ。……慣れてるし……さ」
自分で言ってて悲しくなる。
「――ねえお姉ちゃん。……1つ訊いていい……?」
「……、」
暗闇の中でお姉ちゃんが頷くのが分かった。
「……アタシさぁ……怖いんだ…………」
「…………本当にあなたに辛い思いを――」
「そうじゃないの」
「――え?」
「アタシが怖いのは……アタシを護ろうとする人が傷つくのが怖いの……。どうしたらそうならないで済むかなぁ……」
アタシは本心を明かした。一陣の風が病室の窓を揺すった。
「…………」
「アタシがもういいよって……。もう護らなくていいよって。そう言えば叶うのかな。それともいっその事アタシが家出するとか……。ああでもダメだ。パパやお姉ちゃんは優しいから、権力という権力をすべて使ってアタシを探し出そうとするもんね……」
「…………」
「その……アタシの捜索に駆り出された人の中には休みだった人がいるかもしれない。その日はちょうどその人の子供の誕生日だったかもしれない。ほら、これでアタシのせいで嫌な思いをした人がいるね……。考えすぎかな……。でも本当にいままでにそういう人がいたかもしれない……」
言葉は、止まってくれなかった。
「……じゃあ死ねばいいのかな! アタシが……っ……死ねば……、誰も……っ…………傷つかない……ひっく……か、な……」
「……花恋!!」
お姉ちゃんは暗闇の中、光もないのに、アタシを抱きしめた。
それは不思議な感覚だった。長い間忘れていたような暖かい感覚だった。
「うっく……っ……ひっくっ……お、ねえ……ちゃん……っ……」
「そんなはずないでしょう! ばかっ!」
「ひっく……っ……」
お姉ちゃんはアタシを強く抱きしめながら、ゆっくり親が子供に言い聞かせるように言った。
「花恋……、誰も、悲しんでも……傷ついても……嫌な思いも……してない……。おじさまも、わたしも、梓も、あの3人も。みんなあなたを護ろうとして――」
「それでも……! 奏くんたちは……、アタシを助けるために、危険を冒して……助けに来てくれたんだよね……? そんなの……あっちからしたら……迷惑――」
「あの子たちなら大丈夫よ、花恋……。TRIGGERはそんなに弱いグループじゃない。」
「え……?」
「あの3人には……、個人の突出した能力、仲間や家族を超えた絆。そしてなによりそれぞれが乗り越えてきた過去があるわ」
「……過去……?」
アタシはその単語の意味が分からなかった。
「あの子たちは今日のこと以上の試練に今までたくさんぶつかってきた。そして失敗もしてきた。それでもあの子たちはその失敗を糧にして進化してきたわ」
「……」
「今日、花恋を拉致されたことは彼らにとって忘れられない失敗になるでしょう……。そして彼らはさらに強くなる。もう大丈夫よ花恋……。あの子たちがあなたを友達と認めている以上、あなたの身の安全は約束されたものよ」
「ほんと……ぉ……?」
「ええ、本当よ。わたしの目に狂いはないわ」
その時の声ほど信頼できるものはないだろう。お姉ちゃんの声には自信というか、確信がうかがえた。
「そうだね…………!」
アタシは涙を拭いながらそう答えた。
そこでアタシはある疑問が浮かんだ。
「そうだお姉ちゃん。奏くんたちは?」
「来てほしかった? 残念ながら3人とも疲れて爆睡よ。学園長からさっき写メがとどいたもの。でも奏だけは着く前に起きたらしいから呼べばくるわよ?」
本当は来て欲しかったが、アタシの為に戦ってくれたのだ。休ませてあげたい。
「んんん。いいよ。奏くんに悪いし」
「そっか」
お姉ちゃんは気にしないような口調でそう答えた。
「今日は疲れたでしょう? さあ寝なさい」
「おやすみ……お姉ちゃん……」
「うん……おやすみなさい……」
お姉ちゃんはアタシの頭を優しく撫でると布団をかけなおした。
すると急に眼がしらが重くなって……。
アタシは安心して眠りについた。
*
「むっ……。鍵がかかってる……」
架乃の部屋から出て右折したところにある奏の部屋。
そこへの侵入を拒んでいる扉の前でアタシは困っていた。
「……奏ったらこっちの扉にも鍵かけてるとはね……」
完全に想定外だった。迂闊だった。安直だった。軽率だった。
うえーい、あたし結構いろんな言葉知ってんじゃーん、ってそれどころじゃないだろ。
鍵がかかってる → 部屋に入れない → 奏を『ピーーーー(自主規制)』できない。
あたしは扉の前で頭をかかえていた。まさかここにも障害があったとは思わなかった。
――くっ……ならさっきのガラス戸と同じじゃん。架乃の部屋通ったか通らなかったってだけじゃん。違いってさ。
それでも諦めるわけにはいかない。もう少しで夢の『バキュュュン!(自主規制)』なのだ。
ってか体がおかしい。我慢しすぎでどこかにエネルギーを放出しないと大声で「はやく奏と『ガキッガキッ!(自主規制)』したい!」とか完全に変態かつ痴女なセリフを叫んでしまいそうだった。
昔(と言っても1週間くらい前)に見た奏の寝顔を思い出す。
あの、いつもはパソコンばかり触ってて(あたしには全然触ってくれなくて)、理知的な奏は眠った顔は部屋に額つきで飾ってもいいレベルで萌える。
あのあどけなさ! 子供っぽさ! そしてくすぐられる母性本能!!
「もう……ムリ……」
ガチンッ。
垂れそうになるヨダレを右腕で制しながら、あたしは自分の理性ブレーキがぶった切れる音を聴いた。
「…………!」
両手に力を込め、ドアノブを思いっきり手前に引く。
ガッ……!
と、音はなったが、
「あ、開かない……!?」
あの男この扉にどんな力を……!
そうして何度も、もう破壊目的でドアノブを引いているとき、それは起きた。
――――cmd;***************。
バチバチバチバチ!
「――ぎゃああああああんあああんっ!! んんんんんんんんんんっ! あっん……」
手が――――燃えた。
正確には燃えてはいない。しかし、灼かれた……。
両手の手の平を見る。うっすらと煙があがっていた。
「………………えっ……今の何? あたしに何がおきた……?」
自分でも分からなかった。己に起きた出来事について。理解できなかった。いや本当はできていた。でも受け入れたくなかった。うん、現実逃避。
「きっ、気のせいかなぁ~……」
そう自分に言い聞かせもう一度ドアノブに触れてみても、
「なんにもおこらない……」
鉄製のドアノブのひんやりした感触がするだけだった。
「やっぱ気のせいか! 奏っ! 待ってなさい! あたしがあんたの『ピーーー(自主規制)』を『バキューン(自主規制)』で『ドカドカドカ(自主規制)』、『キュイイイイイン(自主規制)』して、『ビリビリビリビリ(自主規制)』してやるんだから!」←パニックでおかしくなってます。
そう言ってあたしは震える手に力を込めてドアノブを引いたら、
「っきゃああああああああっつあ、あっ、あっ、うっはぁあああ…………!」
声を出してはいけないと肝に銘じているが。
でも。
絶叫レベル。
必死に声を押し殺しても。
のたうち回るレベル。
――……あんの男この扉にどんなトラップ仕組んでんのよぉおおおおおおおお!!
両手の痛みはいまだ消えてくれそうにない。
ここまでしてあたしは気付いた。あたしも2回も同じ手に引っかかるほどバカじゃないし、2回もくらえば現実見ますさ。そりゃ。
これ――電気ショックだな、と。
――昔の話でございます。あたしが今みたいに性欲がやばくなって奏の部屋に入ろうとしたときのこと。あたしはこの部屋の扉のドアノブを破壊してしまったのです。
おそらく奏はその悲劇が再度繰り返されるのを恐れたのでしょう。なにか対策を、ということで思いついたのが、この扉。
仕掛けは至って簡単。ドアノブが、設定した圧力(人間では出せそうもないような力)で引かれた場合、そのドアノブに電撃を流すというものでございます。
相楽奏が考えだした、あたくし御池真緋にだけ通じる夜這い迎撃プログラムでございます。
って。
コレ、酷くない!?
ふつう女の子に電気とか流すか普通!?
どういう神経してんだよ奏ぉぉおおおお!
しかし人間は不思議なもので、電気ショックを受けたのせいか、ピーンとあることを思いついた。
成功するかは分からないけど……、やってみる価値はあると…………思うけど……。
――ものすごくコワイ……。
あたしは自分の体が震えているのを感じた。こんなのいつぶりであろうか。
もし……この策が通じなかったら……、
「あのビリビリはイヤだぁ……ひっく……」
あたしは少し泣いた。
それから5分ほど迷ったあと。
「ズズ……、いよっし……危険を冒さないと栄光は手に入らないよね……」
挑戦することにした。
大丈夫。あたしの頭脳で頑張って考えた結果、おそらくこの方法なら開く。……電気をくらわずに。
「うぅ……コワいよぉ……。助けて奏……」
って、この恐怖の原因をつくったのが奏だった。
あんの、メカニックェ……。
部屋に入れたらもうねっちゃねちゃに『ガタガタガタッ(自主規制)』してやるんだから!
そう、結局なにかを手に入れるにはそれなりの覚悟がいるよね。虎穴に入らずんば……子猫……だっけ? 虎穴に入らずんば子猫を得ず、ってことわざもあることだし。
胸の前で両手を抱く。
意識をなるべく手のひらから飛ばす。それでも電気ショックのダメージは脳にほとんど威力変わらず送られてくるが、ないよりはマシだ。
「……よし」
あたしは意を決してドアノブを握った。その手には手汗が流れている。
ほら、あたしの予想どおり。設定圧力以下の力なら作動しない。
そしてここからが問題。開け方だ。
――本当は蹴破りたい。が、今回は起こしちゃだめなんだ彼を。
あたしは1つ深呼吸をして、
ドアを――押した。
――引いてダメなら押してみろーーーーー!!
あたしが思い浮かんだ案がこれ。題して、『奏の腰も『バキューン(自主規制)』作戦。
……ああ、あたし欲求不満すぎてもうなんか発言が全部アレな方向に……。
そんなことより、この扉のドアノブの設計としてはあちら側に圧力測定器があるはず。そして引くことには対処できても押されることには対策のないドアノブちゃんと、そのバックで張り付いてる圧力測定器くん。
この2つから導き出された答えはそう、押してみることだ。
で、全力で押してみると、
バッキ!!
鉄の折れた音がした。一気に力が支えを失い空へ放たれる。その勢いをあたしの体は抑えることができなかった。
そんな躰が空中をきっている瞬間にあたしが考えていることは、
『開いた!』と、
『ビリビリこなくてよかった~』と、
『いよっし! これで思い存分奏を(ry』と、
『あれ? 扉を開けたすぐ前って……』である。
ここで注目すべきは最後のやつ。
だってあたしが今飛び込んでいるその先には……、
「きゃあっ!」
「ZZZ…………ぐっは!!」
「やっ……ばぁあい……」
ON――奏の上。
しかもあたしの飛び込んだ位置が奇跡だった。あたしの顔の目の前に奏の寝顔である。生きててよかったと思った。
ちょっとの間彼は自分の上に乗ってきたものについて怪訝な顔をしていたが、すぐさままた眠ってしまった。……これからおこしますけどね。いろいろね……。
あたしは今すぐにでも奏の衣服をはぎ取りたい気持ちを必死に抑え、とりあえず奏の布団に入ってみる。布団の中は……まさに至福だった。
奏に布団の中で密着しながらあたしは彼の寝顔を少し見ることにした。
彼は規則的に吸う、吐く、の呼吸をしている。
あああ、癒されるわぁ。
そこで緊急事態がおきた。
奏が寝返りを打ったのだ。
あたしのほうに顔を向けるようにして。
…………。
つー。
はい鼻血がでました。
しかしそんなみっともない顔で行為に及ぶことはできないので、パジャマで血を拭き、鼻血は気合で止める。
これがあたしの止血法である。
さーて。
みなさんおまたせしました。
あたしはとりあえず、パジャマを脱いだ。下着はまぁ、受動的な感じで脱ぐのが……うん、いいよね?
そして奏のパジャマも脱がしていく。
ぐへへ……。
……たぶんあたしの顔はどんな悪人にも引けを取らないほどの悪人面だろう。
まぁ、下着は……いずれあたしが……脱がすよね……? うん、そう本に書いてあったもん。
その後あたしは奏の顔に近寄って……耳をはむっ、っと口にくわえた。
「うわっ……! ……うんん……ムニャムニャ……」
「んふふ……、ここがいいんでしょう……? ねえ旦那様ぁ……」
奏の弱点はズバリ耳だ。これは昔の秘密の研究で明らかになった。それからあたしと架乃の間では奏を落とすにはまず耳から、というのが定説になっていた。
それにしても今日の奏の寝付きはどういうわけか異常にいい。いつもなら耳を舐めたりしたもんなら、軽く気絶レベルなのに。
まぁそんなことを考えるより。
やることがあるよね……♪
あたしが執拗に耳に攻撃を仕掛け続けると、奏の体に異変が(ry。
さあそろそろパックリいただいちゃおうかな、なんて思っていた矢先。
ガタッ。
そんな音がした気がした。
気がした、というのはあたしが攻めに集中し続けていたためによく聞こえなかったためである。あたしの高感度の耳もこういう場面ではうまく働かない。
まぁいっか、と納得し、もう1度奏のほうに顔を向けたとき。
バコッ。
そんな音とともに降ってきたのは木の板。これは部屋の天井では――――ハッ!!
あたしが布団から顔をちょこんと出し、ブラとパンツだけの装備で、見たものは、
「――っと……。ふぅ~。やっとたどりついた兄さまのお部屋♪」
それは右手に天井の奥の闇へ伸びるロープを右手で持った、パジャマ姿の架乃だった。
――続く。
自主規制の部分は……ご想像におまかせいたします。