#9 Final Phase~白ユリ編~
――ダンッ!
右側から銃の音がした。
――バスッ。
「くっ……」
明かりを取り戻した体育館の中。
弾が床に当たったような音はしなかった。
俺の手の中を嫌な汗が流れた。
+ ― + ― + ― + ― + ― + ―
恐る恐る右を向く。
確か俺の右には真緋がいたはずだ。
――バスッ。
先程の音は何なのだろうか。
最悪の展開を頭から振り払って真緋へ視線を向ける。
そこには、
「――――ふぅ……」
木刀を縦に構えた真緋がいた。
その剣からは小さな煙があがっている。
「――誘拐犯さーん。あたし達の目を暗闇で慣れさせてから明るくして目を眩ませてから狙撃するつもりだったんでしょうけど、あたしに限っては効果ないよー? ホラ、あたしの目は特別だから」
「……っ」
「弾の飛んできた方角からすると、そこかな……?」
そう言うと真緋は2本の木刀を構え直し、
「架乃! はやく花恋を連れて逃げなさい! 奏は援護!」
「じゃ、じゃあ真緋は……」
「あたしが注意を引きつけておく。さあ早く!」
「わ、わかった」
少し心配だが、ここは真緋に任せておくことにしよう。
しかし、そこでスっと入ってきた真緋の一言。
「んふふ……少しはあたしを楽しませてくれるのかなぁ、誘拐犯さん?」
振り返った時には彼女はもうそこにはいなかった。
なんつーか……心配して損した。
無双状態の真緋にあとは任せて俺たちは体育館の出口へ向かった。
――断末魔のような悲鳴を背に受けながら。
*
脚に意識をフッと集中させる。
すると、みるみる脚は軽くなり脚力は増す。
その力を全力で行使しながら標的の背中を追う。
すぐさまその距離は縮まり、あたしは手にした木刀で男の足を払った。
「――っ」
「えっ……?」
突然、足元を掬われた男はお尻から盛大に転んだ。
これで何人目だろ。覚えてないな。
「……い、いつの間に……」
「ちゃんと聞いとかなきゃダメじゃない。敵の足音ぐらいさぁ」
そう言いながら2本の木刀を高く振り上げ、
「や、ちょっとあの……」
「あたし男には少し恨みがあるの」
「え、あのなんでも言う事聞くからそれだけは……」
「特にあなたみたいな年ぐらいの男がね……」
股間にむけて勢いよく振る。
「は、はは……いや……や、やめ、やめてくれぇぇぇぇぇーーーー! 、ぇ…………」
「――潰れろおおおおおお!! ……なーんてね? くすっ」
「…………」
「なーんだ、気絶しちゃったのかよぉー。もうちょっと遊んであげようと思って――!」
その瞬間、体に電撃のようなものが走る。
「――ッ!!」
バン! バンバン!
突然の銃声。
一歩大きく横移動してギリギリで躱す。
「ちっ」
「ひゃ~、あっぶない。イタイケな女子高生に拳銃……いや、麻酔銃かな? おじさんたちヒドイ事するなぁ」
「ガキが首突っ込む場所じゃないんだよここは」
声のでどころは分からない。
ここはちょうど体育館のステージ上。どこかのカーテンにでも隠れてるか。
「おじさんココ。あなたたちのお仲間が気絶しちゃってる。おじさんもこうなりたいの?」
「ちょうしにのるなよクソガキ。てめぇらはちょっと俺らの計画を壊しすぎた。そうだな、お前みたいな女子高生は眠らせたらどこかに売り飛ばしてやるよ。お前、結構かわいいしな。ハハハ」
「ふ~ん。じゃ、あたしが売られる前にあなたをあたしが売ちゃおうかな♪」
「……なにほざいてやがんだ」
「ここは広いステージの上。おじさんからしたら絶好の狙撃場所だよね。隠れ場所はたくさんあるし、カーテン越しに撃てばあたしに弾の弾道を読まれない。その通り、あたしはこっちに向かって飛んできてる最中の弾を防ぐほどの動体視力はないの。うん、いい作戦だと思うよ」
「……」
「――――でもね?」
「……」
「姿が見えなくてもあなたの場所は分かるの」
さっきのおじさんの声のする方向は分かる。でも正確な距離までは分からない。カーテンまでの距離は20メートルほどある。しかも遮蔽物により音がくぐもって聞こえることにより居場所の特定は無理。それでも、
「うんん、正確にはあなたたち、かな」
「「「「……!」」」」
「おじさんたち知ってる? 人の気配ってさぁ!!」
パン! パン! パン! パン!
あたしはあたしを囲んでいる4人の男にむけて奏にもらったエアガンの引き金を引いた。
「うっ……」
「ふっふっふ~ん♪ あたしってば昔から人の気配に関してものすっごい敏感なんだよね~。おじさんたちは音をだしてないつもりでもあたしには関係ないのよん」
「…………」
「あら、気絶? んもう、弱っちいなあおじさんたち。それじゃあ宣言通り売ってあげよう。……会長のとこへね♪」
あたしはスカートのポケットから手錠を1つ取り出した。
*
架乃、花恋の2人と行動を共にしている俺は廊下まで来ていた。
俺が花恋を背負い(軽い……)、架乃は俺の後ろを守っている。
「兄さま。この廊下をまっすぐ進んで右に曲がればもう玄関です」
「……おう」
「潜入してから約18分ですか……。ちょうどいい頃合ですね」
「……うん」
「先程から全然相手方と手合わせなりませんね。やはりこの組織は少数なのでしょうね」
「……その通りだ」
「……兄さま?」
「……そう」
「……」
「……うん」
「……」
「……おう」
「わたしのこと愛してます?」
「……うん」
「それじゃあ結婚してくれます?」
「……う……んん? ん?」
「結婚してくださるのですね!? ひゃぁぁぁ!」
「い、いや違う! それは誤解だ!」
「……んもう兄さまったら。わたしの話をちゃんと聞いてるんですか? どーせ兄さまのことですから、真緋が心配なのでございましょう?」
「な、んなわけねぇだろが! あの真緋を心配する必要なんてどこにも……」
「顔に書いてありますよ。ああ心配だぁーって」
「んなっ」
「兄さまはほんと真緋に甘いんですから……」
「だ、だって奴らは拳銃もってるんだぞ? もし真緋になにかあったら……」
「ほんとに心配性ですねぇ兄さまは。真緋なら大丈夫ですよあの真緋なら、ってヒィ!!」
「んあ? ってうわぁあ!」
架乃の奇妙な声に触発され、後ろを振り返ってみれば、
「ヨォ小僧。そこの金髪の娘を返してもらおうか」
全身黒ずくめのガタイのいい男。
そいつが架乃の首に腕をまわし、銃を頭につきつけていた。
「――て、てめぇ!!」
俺の妹になにしやがる!
即行で沸騰した俺はエアガンの引き金を引こうとした時、
「コラコラ動くんじャねェよ、頭ぶっ飛ばされてェのか、アア?」
ガチッ。
一瞬にして俺の脳は冷却された。
それどころではない。体が恐怖で震えている。
さっきまでの震えは妹が襲われたことに対しての『怒り』によるもの。でも今の震えは違う。頭を背後から銃で狙われたことによる『恐怖』だ。
気配でだいたい分かる。たぶん俺の後ろに2人いるな。そして頭は2つの銃口を向けられてる。実際、マジで恐ぇ。
エアガンを持った手の中がじっとりと嫌な汗をかく。今にも手を滑らせてしまいそうになるほどに。
「俺ァ、このフレダリィを仕切っているカジっつー男だ。この金髪を誘拐しようと企てたのは俺。テメェらが一番憎む相手ってとこだな」
「……お前が……!」
眼球だけを動かして架乃に銃を突きつけている男――カジを睨みつける。
今すぐにでも殴ってやりたいがそうはいかない。なにせ銃口を突きつけられているのだ。感情に流されるな。クールになれ。それよりもなにな打開策を……。
「ちょっくら質問いいかァ?」
カジと名乗る男はこう言ってきた。
「……なんだよ」
「――オメェらこの金髪と同じ高校のやつだろ。どうしてここまでするんだ。この金髪にそこまでやってやるほど価値はあんのかヨ」
なにをいまさら。
「――そんなことも分かんねえのか。理由なんてお前がこいつを誘拐した理由と同じだ」
「ハァ? 同じ?」
「そうだ。お前ら、仲間を救けるためにコイツさらったんだろ。まったく無関係な花恋を」
「無関係ってこたァネェぜ? このガキの父親が俺の仲間共を豚箱にいれたんだ」
「それでも花恋は関係ねぇんだよ。こいつの父親が警察のトップでもな」
男は顎で部下に指示をだすと俺の背中から花恋を引き剥がそうとする。
身動きが取れず、花恋を奪還されそうになった、その時。
……、————、——、——。
そうか、その手があったか。
俺は確かに仲間から打開策を受信し、架乃に小さく頷く。
「——おい」
「アァ?」
「お前が質問したんなら俺にだって質問の権利はあるんだよな?」
少し時間を稼がなくては……。
「ちっ……なんだよ小僧、言ってみな」
「お前は仲間を関係ないやつまで誘拐してまで助けたいんだよな? それならお前はその仲間に命を預けられるか?」
カジは鼻で笑いながら、
「ハッ、そんなことできるわけねェだろうが! オマェは正真正銘の馬鹿か!? そういう甘いこと言ってるやつは俺みたいなクズが生きているような世界では生き残れねエ。この世界はそんな信頼とか友情だけで通るほど甘くねえんだよ!!」
カジは怒鳴るように言った。
——そうか。
それなら俺たちには勝機がある。
いや、————負けるはずがない。
「ならお前には俺を殺せねえよ」
「ハァ!?」
「仲間に命を預けらない」
それが。
「これがお前と俺との違いだクズ野郎」
俺は指をパチンと鳴らした。
その瞬間、俺の頭を挟んでいた2本の拳銃は粉々に散った。
「バチンッ!!」
「なっ……」
俺に銃口を向けていた黒ずくめの男たちは粉々になった己の銃の残骸を呆然と見ている。
この状態にカジもどうしていきなり銃が粉砕されたか分からない、といった顔で立ちすくんでいる。
その一瞬の動揺を架乃と俺は見逃さない。
その隙を逃すまいと俺は腰に引っ掛けてある特殊警棒を引き抜き、長さを最大に伸ばして後ろの男2人にその特殊警棒を腹に叩き込む。
架乃はカジの手の中の拳銃を手刀で落とし、その勢いを使ってカジの右腕を背中に廻す。そしてそのままその手を上へと上げる。架乃の特技、|関節技≪サブミッション≫だ。
「痛……ッ!」
「……うっ……!」
「いたたたたたたたたた!!」
俺はリノリウムの床に落ちていた拳銃1丁を足で遠くに飛ばす。
後ろの黒ずくめの男たちは腹を抑えながら崩れるようにして倒れた。
そして今架乃に押さえつけられているカジに俺はエアガンの銃口を向ける。
「はい。形勢逆転だ」
「お前……何をしやがった……」
「——仲間を信じたんだよ」
「……は?」
俺は種明かしをするために右耳に装着したインカムを取り外した。
「これ。小型の無線機でな。仲間と通信ができるやつなんだけどな」
超小型無線機——通称インカム。見た目はイヤホンの先っぽにあまり変わりはないが、外側に最新の盗聴器などに使われるマイクが仕込まれており周りの音を細かく、かつクリアに受信者に無線で届けることが可能な自作の受信機だ。
「ほら、俺たち以外にもう一人いたろ。あの銃弾を木刀で受け止めた女の子な。あいつもこのインカム装着してるんだけど……ってめんどくせえな。真緋ー? でてこーい」
「はいはーい」
快活な声が後ろから聞こえたと思うと、その時にはもう横にいた。つーか腕にしがみついてくんな。
「あたしはこの機械から奏たちにSOSを聞いて、すぐこの2人に今から助けに行くよって伝えたの。この機械を通じて」
「そして俺が時間を少し稼いでるあいだに真緋は俺らの近くに到着する。そこから先はまぁ賭けだ。俺の指パッチンを合図に真緋は俺の頭から寸分しか離れてない拳銃を狙撃する。俺の信頼は当たり、見事銃は粉々。その隙に俺と架乃は反撃にでた、と。まぁこんなものかな」
「……銃を撃たせただと?」
「そりゃあ怖かったさ。遠く離れたこいつに自分の頭近くを撃たせるのは」
横では「あたしが外すわけないじゃんかー」と真緋がぶうぶう言っているがここは無視。
「それでも俺にはこいつなら外さないお自身があった。いいや、外さないと信じれた。そこまでの信頼が俺たちにはあったんだ。これがお前にはできるか?」
横では真緋が「奏……!」と抱き着いてくるが半歩後ろに下がって受け流す。あるはずの支えを失った真緋はそのまま床にダイブした。バカかお前は。
「……」
「お前は結局この程度なんだよ。仲間に命預けてられない? ふざけんなよ。こんなことまでして助けたいやつのことその程度しか思ってやれないのかよ。信じてやれないのかよ。俺はこいつらに命預けてるよ。そして預かってる。俺は生徒会のこいつらを信用してる。でもお前は信用ができない人間だった。それがお前の敗北の要因だ」
「……」
「ちゃんと罪は償え。お前はまだやり直せるはずだ」
「……ふん……ガキのくせに……」
「それに関しては弁明の余地がないな」
カジは小さく笑った。
その顔は先ほどとは別人のような顔つきだった。
*
それからは早かった。
警察が来て、フレダリィの面々が連行されていく中、俺たち4人は刑事さんから事情聴取を受けた。もう1人というのはさっきまで気絶していた今回のアシ学園長のことである。とはいっても本当に軽くで本番は後日になるそう。今日はもう帰っていいらしい。
その後救急車が来て花恋を乗せていった。なんでも体に異常がないか確かめるらしい。
それから約10分後、会長と副会長もヘリで飛んできた。
怪我はないかなどいくつか質問を受けたあと会長は花恋の病院へと急行した。これも警察の時と同じで詳しい話は後日での常会でになるらしい。まぁこれだけの事件を解決してしまったのだから生徒会だけで会議できるかどうか定かではないが。
それで梓先輩にあとの事は任せて俺たちTRIGGER組は学園長の車で今帰ってるわけだが……。、
「真緋、寝ちゃいましたね」
真緋は車に入る途端、眠い眠いと言い出し俺の膝の上ですぅすぅ寝息をたてはじめたのだ。
「ああ、今日一番がんばってたからな」
「あら、わたしもがんばりましたよ?」
「そうだね、架乃もがんばったがんばった」
「えへへ……」
架乃は頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を閉じた。
「——すぅすぅ……」
静かに寝息をたてる真緋の寝顔を見てみる。
それは反則的なまでに可愛かった。
まだ幼さが抜けきっていない顔は規則的に呼吸を繰り返している。柔らかさそうな頬は呼吸するたび小さく動く。
この愛らしさはとてもさっきまで屈強な男たちをボコスカやっていたとは思えない。
…………。
少しぐらい……いいよね?
俺は己の欲望に逆らえず真緋の柔らかそうな頬を少しつついてみた。
ツンツン。
「……んん、……」
「うわ柔らか……」
そしてめっちゃ気持ちいい。
ツンツン。
「ん、……んん……ん」
……。
やっべマジで可愛い……。
俺の鉄壁の理性も少しずつ揺らいでいる。実は。
もう……ちょっとだけ……。
「……兄さま?」
「……はい」
架乃は笑っていた。目、以外は。
マジで怖いので真緋の頬にさよならを告げる
「それにしても今日は大変でしたね」
「うん。高校生がやる仕事じゃねえよ」
普通の高校生はテロリストがいたら逃げ出すと思いますよ。
「まぁでも、我々は生徒会ですから」
「しょうがない……か」
微妙に釈然としないがまあいいか。
「……ねえ兄さま?」
「どうした架乃?」
「頭、また撫でてくれませんか……?」
……。
「いいよ。はいよ」
「えへへ、ありがとございま……す……」
架乃はそういい終わるとほぼ同時にこてんと俺の肩にもたれてきた。どうも眠気に逆らえなかったらしい。実は架乃も相当疲れていたようだ。なんせ、常に脳を酷使しているのだから当然だろう。
それにしても——。
あの俺のPCに侵入したやつ、そいつを捕まえないことにはこの事件は解決しない。俺にとっての白ユリ事件の収束はそこだ。
「クラッカー……か」
ここはやはりホワイトハッカーとしては見過ごせないところなのだ。
窓の外を見る。外は曇り空がだんだん晴れてきていた。
そんな考え事をしているうちに眠気が襲ってきた。
俺も架乃にもたれかかるようにして眠った。
END~this chapter