#8 Phase③~白ユリ編~
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――――2つの小さな物体が空を斬る。
ガッ、ガッ…………!
真緋の小さな手から放たれたビー玉は見事に対象物――監視カメラを破壊した。
「ナイス真緋」
「えへへ……」
15メートルも先の監視カメラを小さなビー玉で破壊する、といった驚異の技の主は小さく笑った。
「架乃、監視カメラは?」
「この廊下を進んだ先の階段の右側に1つあります!」
「よし、急ぐぞ」
「うんっ」
「はい!」
そうして俺たちは廊下を足音を消しながら走る。
…………そういえば何で俺たちがこんな所にいるんだっけ?
ここに至るには、つい2時間前の出来事に遡る。
+ ― + ― + ― + ― + ― + ― + ― + ― + ―
キーボードを2つ使用し、忙しなくキーを打つ。
「――ふぅ……MISSION COMPLETE」
3分弱か。まだまだ遅いな。
おそらく、父さんや姉ちゃんなら1分もかからないだろう。
すこし時間はかかってしまったわけだが、なんとかNシステムをハッキングできたので相手の車の探索を始める。
「架乃、番号は?」
「えっと……き、8、4、4、1です」
「了解」
すぐさま検索欄にナンバーを打ち込むと、少々お待ちください、とのメッセージが表示され、そのあと画面一面に一台の白いワンボックスカーの写真が確認できた。
この写真から確認できるのは前に乗っている2人だが、どちらも黒ずくめの服を着ているので、恐らく間違いないだろう。
この車の進んでいる道からすぐさま行き先を推測しなくてはいけない。
――のだが。
「これだけじゃなぁ……」
ただ車の居場所が分かったからといって高速道路を出たら無意味になる。なにせ高速道路の上なのだ。行き先は無限にあるんじゃないだろうか。
途方にくれている俺の横で、
「――――いや……分かりました」
「は?」
「この高速道路を出た先は2本しか道路がありません。1本は、とあるダム建設現場に通じる道です。もう1つの道のその先は、ひとつの村につながってます。ダムへの道は関係車両しか通れません。そのような所から推測すると、その村にある倉庫や廃校が目的地にふさわしいと思います」
「……おお」
すさまじい推理力だ。この技は地理を完全に把握している架乃にしかできない技だろう
「わたしの記憶が正しいのなら、村の南西にとある小学校の廃校舎が残っているはずです」
「そこか!」
「恐らくですが」
「ここからどのくらいかかるか分かるか?」
「うんと…………約40分です」
「40分か……じゃあ行こう!」
「はい!」
「架乃は会長にそう連絡しといてくれ。俺は真緋のとこ行ってくる」
「は、はい」
居場所は分かった。待ってろよ花恋。
俺たち3人を乗せた学園長の車はキィィと音を出しながら止まった。
架乃の言ったとおり40分でその廃校舎には着くことができた。
「はい到着」
「ありがとうございます学園長」
「いいのよいいのよ気にしないで。梓くんの頼みごとなら……」
――結局、真緋の頼みでは学園長は車を出してくれなかったので、梓先輩に電話でお願いしてもらったのだ。もちろん二つ返事で了解の返事が返ってきたが。
「――――分かりました会長。指揮は俺が。はい、ご武運を」
会長に連絡をとったところ、2人は警視庁に行って、警視総監と話をつけてくるらしい。そして花恋の救出に関しては俺に任せる、と。つまり、別に助けに行かずに警察を待っていてもいいわけだ。
でも、
「いよっし! みんな、防弾チョッキは?」
もちろん救けに行く。ここで指くわえて見てるなんてできるはずがない。必ず守ると決めたのだから。
「着ました」「着たよー」
「武器は?」
「持ちました」「持ったー」
「…………真緋。もうちょっと緊張感持ってくれないかな? アナタ今回の相手ナメてない?」
しかし相手は犯罪者。こっちは現役高校生3人(内2人は女子)。圧倒的不利である。
「え? 所詮は人間でしょ?」
「…………うぅ~ん」
不思議、といった顔で小首を傾げる真緋。お前は何に対してなら恐怖するんだ。
「……まぁいっか。それより2人とも、これだけは必ず守ってくれ。‘絶対に無理はするな’。分かったな?」
これは会長からの命令だ。つまり、自分の安全を第一に考えよ。
「はい。重々承知してますっ」
ビシッ、と敬礼する架乃。
「うん、そこだけは守るよ、必ず」
キュンッ、とウインクをかましてくる真緋。了解、お前は緊張感が無さすぎ。
「じゃ行くか。花恋を救けに……!」
3人で拳を合わせる。昔から気合を入れる時には3人でこうやってきた。
そして車のドアを開けて、校舎へと向か――――えなかった。
「――ちょ、ちょっと待って!」
「はい?」
声の主は学園長。
「約束が違うじゃない! あたしはただ、偵察の為だけにここに行くものだ、って話だから連れてきたのに、救けに行くなんて! そんなもの、学園長として生徒を危険な目に遭わせる事はできません!」
「……お気持ちはありがたいんですが、一刻も早く助けてやりたいんです! ここは目を瞑って頂けませんか?」
「いーえ! いけません。警察にこういうのは任せればいいんです」
「……アタマの固い人」
サラッと真緋が言う。
「……何か言いましたか御池さん?」
「だから! アタマが固くて肌にシワがつき始めてるおばさんって言ったんですぅー!」
「何かさっきより増えてない!?」
「学園長! 時間がないんです! ここを通してく」
「奏が言ってるの! はやくあけなさいおばさん!」
「キーーー!! こんの小娘ぇぇ!!」
「何ですか? あたしとやるんですか? ああ?」
俺の声は当然のように2人の怒声によってかき消される始末。
「やめてください2人とも!」
「まだ16年しか生きたことないのに偉そうなのよぉぉぉぉぉ!!!」
「50歳のおばあちゃま(笑)はひっこんでなさい!」
「どぅぅあぁれが50歳だってーーー!?」
「あんたに決まってんでしょうが!」
「まだ46歳じゃあああ!!」
しょうがない。こんな大声で喧嘩されたら周りに気づかれるだけだし、何より急がなくてはならないのだ。やむをえん……。
心の中で合掌しながら、俺は右手の指をパッチンと鳴らした。
「……了解」
真緋が喧嘩をやめて学園長の背後から、さっと左腕を首に巻きつけ、頭を右手で押す。
「えっ、何? ちょ……っ」
「時間は20分で」
「はいさ♪」
真緋がさらに力を強める。学園長の意識はすでにない。
チョークスリーパー――――相手の気管を絞め、気絶させる技だが、真緋は力加減によって相手の気絶時間を調節することができる。本人曰く、「経験だよ経験」らしい。いったい何人にやったのだろうか。
腕を外すと意識のない躰はドサ、全部座席のシートにもたれかかった。
「……いいんですか? 学園長を気絶させちゃって……」
「この歳やむをえん……。学園長には20分間だけここで寝てもらおう。それより急ぐぞ」
『はいっ』
そうして勢いよく車のドアを開け、廃校舎へと向かった。
学園長、スンマセン。
*
突然ですが。
「ついにこいつを使う時がきたぜ! 発明品ナンバー241、『レールG-U-N』!!」
わたしたちは廃校舎の目の前の校門にまで来ていた。しかし、玄関に見張りが1人おり突入するわけにはいかず、足踏みしていたそんな時。兄さまは背中のカバンからそれを取り出すなり、そう言った。
兄さまが手にしているのは――――銃のようなライフルのようなもの。よくわからない形をしている。一番近いものだとアサルトライフル? とりあえず大きく、長い。
「なにそれ!? 銃じゃん! もはや銃じゃん! 鉄砲じゃん、ピストルじゃん!」
「ノーノーノー、分かってないな真緋。こいつは銃とスタンガンのミックスのようなものだ」
「親素材がどっちも危険だ!」
通常の銃の割には長い漆黒の銃身。そして一番目を惹くのが、通常、肩に当て、照準を安定させるための銃床が奇妙なものに変わっている。三角形をしていない。円柱形をした透明のガラス瓶のようなものがくっついている。そのケースの中には、青色をした液体が満タンに入っており、その中を太い金属の芯のようなものが3本あるのが見て取れる。まるで、中学校の時に行った電気をつくるときの化学反応の実験器具みたいだ。
「ま、使うのが一番早いかな。百聞は一見に如かずって言うし」
「ん……? どゆこと?」
「ターゲットへの距離は約10メートル……」
カチッ。
「ロックオン……」
照準器を通して相手を見据える。その顔は完全にスナイパーだ。ちょっとかっこいい。
「――ちょっと眠ってろ」
ガチッ。
「え……」
躊躇なく例の見張りに向かって、引き金を引いた兄さまには制止する時間なんてなかった。ああ、兄さま! いつからそんな恐ろしい性格に!?
引き金を引かれたそのライフルは、大きな音もたてることなく、銃口が一瞬光っただけだった。いや、光ったのは銃口だけではなかった。一瞬過ぎてよく思い出せないが、一閃の光が一直線に延びていたような……。
大きな変化は違うところで起きていた。約10メートル先の見張りの男がドサリ、と急に倒れたのだ。
「ちょ……ちょっと奏…………。それはまずいって……。いくら……助けなきゃっていったって……」
「そ、そうです兄さま! 人殺しは――」
「いいから急ぐぞ!!」
「はえ?」
「いまのうちだ!!」
「ちょっと!」
殺しをしたばっかりなのに戸惑いが一切ない。兄さまは、あろうことか、その見回りの人のポケットをまさぐって、携帯を奪い取った。
「よしあった!」
「な、なにを……」
「コイツの携帯のデータに侵入する。この携帯には計画やマップとかのデータがあるだろうし。ただ闇雲に探索してもすぐ見つかってお陀仏になるだけでしょ? なんたって、このミッションはどれだけ相手に見つからないかが勝敗の鍵だからね」
「なるほど……」
確かにその通りだ。こっちは3人しかいないのだから短期決戦に持ち込むのがベターだろう。
「おらっ」
腰から特殊警棒を抜き出して携帯に叩きつける。パカっ、と携帯は割れて兄さまはすぐにSDカードを取り出した。
「こいつをPCに接続……」
兄さまはカバンから一台のPCを出した。兄さま、パソコン持ってきてたんですか……。
確かに何か荷物多いなとは思っていたけど。
「で、ハッキング…………完了」
「早っ」
「で、データはありました?」
「ああ、これだな。架乃、このマップを記憶してくれ。監視カメラの位置とかが書き込まれているから」
「分かりました……」
わたしは画面を一瞥する。これで一生忘れることはない。
「そしてこのデータによると…………‘体育館’に花恋はいる!」
「おお!」
感嘆の声をあげる真緋。
「じゃあそこに行けば助けられるってわけね!」
「よし、行くぞ! 架乃、体育館の場所は?」
「玄関入って左に曲がったところにある廊下をまっすぐ…………」
わたしたちは勢いよく校舎に入っていった。
*
校舎に入って1分。
幸運なことに誰とも顔合わせせずにここまで来る事ができた。
もしかしたらフレダリィという組織は少数精鋭なのかもしれない。
「架乃、体育館までの距離は?」
「あと少しです! ここの渡り廊下を抜けたらっ…………なんですけど……」
「ん?」
架乃の視線は俺ではなく、俺の後ろに向けられている。すぐに振り返ると、
「おい、誰だオメエらは」
「あれ? この制服って……。人質と同じじゃねぇか」
屈強そうな男2人が不審そうな目でこちらを睨みつけていた。
「ついにエンカウントしちゃったか……」
「どうします? 片付けますか? 逃げますか?」
「うーん……」
ここで戦闘するのは良くない。
場所は渡り廊下。周りからの見晴らしがいいので、仲間に嗅ぎつけられたらアウトだ。
だからといって、逃げれるとも限らない。逃げ道が少なすぎる。
「おいおいまさかあの人質を助けに来たってか!?」
「……だったらなんだよ」
焦りを悟られないよう、努めて静かに応える。
「ハッハッハ! そりゃ坊主たち、無謀すぎるんじゃねェか? お遊びで来ていい場所とダメな場所があることぐらい知ってなきゃなぁ!」
「つーかこの2人カワイクね? 俺めちゃ好みなんだけどー」
ニヤニヤと狡猾な笑いを浮かべるヤツ。
「おいバカ。俺たちの目的とはかけ離れてるだろうが」
「でもコイツら逃がしたら顔とかバラされるかもよ?」
「うむ。とりあえず捕まえとくか」
「それがいい……ヘへッ」
2人が近づいてくる。1人はスタンガン、もう1人は警棒を持っている。
迷っている時間はないということか。
「奏。あたしがやるよ」
「真緋」
今まで黙って聞いていた真緋が、背中に提げていた竹刀袋から1本の木刀をスルリと取り出す。
そして、刀を立てて右手側に寄せ、左足を前に出して構える。まるでバッティングフォームのような構え。通称〈八相の構え〉。渡り廊下などといった障害物の多い場所で優位な構え方である。
ちなみにこのような専門的な知識は生徒会に入る時に行われた合宿で会長に教え込まれた。
「なんだお嬢ちゃんが相手してくれr――ッ!!」
スタンガンを持った男が瞬殺される。一瞬にして間合いを詰め、真緋の木刀は相手の鳩尾にくい込んだ。
「かはッ!!」
男の断末魔が聞こえる。……つーか死なないよね? 真緋の全力は致死量だ。
「なっ……」
「――ッ!!」
間髪なく、もう一人が身構える前に背中に向けて強烈な1発が放たれる。そのスピードはもはや人知を超えている。
「ぐはッ……」
もう一人も倒れる。それはそれは一瞬の出来事だった。
「はい完了♪」
その満面の笑顔やめなさい。快楽犯罪者みたくなってっから。
「こら真緋。相手が何持ってるか分からない内は動いちゃだめだろ。拳銃とか持ってたらどうすんだ」
俺は真緋の頭をポカッとチョップする。
「あたっ。だってこの人たちショボそうだったんだもん。いいじゃんか」
確かに弱かった。少数精鋭ではないようだ。
「まぁ何事もなかったから今回は許すけど次からはダメだぞ?」
「はーい♪」
「ホントに分かってんのか!? 俺はお前を心配して……」
「さぁ行くよー!」
「この先ですよ体育館!」
「話を聞け! あともうちょっと警戒しろ!」
まったくうちの生徒会の女子メンバーは強すぎる。精神的にも物理的にも。
そこから体育館はすぐだった。
鉄扉は開いていたので少し開けて見てみるとそこには、
「花恋さん!」
「バカっ、デカい声だすな架乃……!」
「す、すみません……」
「あれはカメラかな?」
「ああ、たぶんあのカメラで花恋を撮って脅しに使うんだろう」
「でも誰もいなくない? 電気はついてるし扉は開いてるし。無防備すぎるない?」
「確かにおかしいな。でも今は好機だ」
「突入しますか?」
「ちょっと待て。もう少し作戦をたててからにしよう。真緋、花恋はどういう状態だ?」
「んーと、あれ? なんにも縛られてない。ただ椅子に座っているだけ」
「は?」
「ホントなんだって。いつでも逃げてください状態」
「……」
おかしくないか? 人質を拘束しないなんて聞いたことない。
「それなら問題ない……か。俺のGOで突入し、架乃が花恋を救出してくれ。俺と真緋は架乃と花恋の擁護だ」
「了解です」
ビシっと敬礼する架乃。
「ん、あたしは奏と架乃と花恋を守ればいいわけね」
やっぱり分かってないね、コイツは。
「いや俺はいいんだが……」
「奏はあたしが守る!」
「女に言われると俺の男としての顔が立たないんだけど」
でも真緋に守ってもらえるってものすごく安心できるんだけど。なんて俺は情けないんだろうな。
「――そうそう。これを2人に渡しておく」
俺はブレザーの内ポケットから二丁のエアガンを渡す。
「これは?」
「エアガンの改造版だよ。通常のエアガンを改造して威力を2倍にしてみた。殺傷能力を抑えるために、弾はゴムで出来てるから安心してくれ。2人とも、回転式拳銃の使い方は知っているよな?」
「はい。最初の研修で習いましたね、会長から」
「弾は改造して10発|はいってるから。こいつは状況によって使うこと。いいね?」
「うん!」
――さて。
行こうか、救出に。
「いいか二人とも。自分の安全を最優先に考えるんだ。これだけは守ってくれよ、分かったな?」
「「了解」」
「じゃあ――――GO!!」
扉を大きく開けて一気に入る俺たち。真緋は木刀を持ち、俺はエアガンを持つ。そして架乃を前後で挟むように、俺が後ろ、真緋が前を護衛る。周囲への警戒も忘れない。
花恋は体育館のステージにいた。1脚の椅子にもたれかかるように座っている。眠らされているのだろう。
あと10メートル……5メートル。
もう少しで手が届く――その時。
バチンッ。
「ん? なに?」
「電気が切れた……」
突然、体育館の照明が全てきれた。明かりは、あるとすれば先程入ってきた扉の外の光だが、さすがにここまでは届かない。
よって、ここ体育館は今、暗黒の世界だ。
「警戒してください! 狙撃されるかもしれません!」
「それについては問題ないよ。相手からもこっちは見えてないはずだ」
「なるほど……」
「じゃあ何で消えたんだろう……」
「分からない……。でも警戒はした方がいい」
「そうだね――って、ん?」
再度また電気がつく。
「うっ、付きましたね」
「眩しい……。まだ目が慣れないからよく見え…………っ!」
まさか。
「伏せろッ!!」
「へ……?」
「!!」
――ダンッ!
右側から銃の音がした。
――バスッ。
「くっ……」
明かりを取り戻した体育館の中。
弾が床に当たったような音はしなかった。
俺の手の中を嫌な汗が流れた。 『Phase④へ続く』
次回で白ユリ編、最終回です。
そしてSSを数話挟んで第二章終了です。