#7 Phase②~白ユリ編~
遅くなりました。
【SIDE 相楽奏】
――花恋は拉致されたかもしれない。
この解は、いままでの状況から推測されたものだった。
『………………』
「その可能性が高い」
〈……兄さま? どうしてそう思ったのですか?〉
〔んふふ、奏ったら何を言い出すかと思えば拉致? 学園内で? 白昼堂々? それはおっかしーと思うな(笑)〕
…………こいつら……!
「……俺も間違いであって欲しいんだがな。いいからとりあえず生徒会室に全員集合! 急げ!」
『了解!』
というわけで俺の推測を生徒会室で話すことになった。
そして俺は自分の考えを考えれば考えるほど嫌な汗でびっしょりになった。
「――――生徒会執行部、相楽奏です。学園内の生徒にお願いがあります。今、皆さんの携帯にある生徒の顔写真を送信しました。名前は九条花恋。学園内で見つけた方は生徒会室までご連絡ください。よろしくお願いします――」
生徒会室に集まった俺たちはまず花恋の居場所を探すことにした。全ては彼女が見つかれば一件落着なのだ。俺は放送を使い、架乃は電話をした。
「奏、放送まで使うことなの?」
「ああ、俺の推測が間違っていいるなら学園内にいるはずだからな。架乃、花恋に繋がった?」
「いいえ、繋がりません……」
「さっきから花恋の携帯の場所をGPSでさがしているんだけど何か花恋の携帯自体が破壊された可能性が高いな。応答が全くない」
「おうちに帰っちゃったとか?」
「うーん……ありえなくないけどさぁ」
「わたしが花恋さんの家に電話をかけてみましょうか?」
「ああ、頼む」
「とゆーかさー、奏なんで拉致されたと思ったの?」
ソファーに寝転がっって足をバタバタさせていた真緋は寝返りを打ちながら俺に訊いてくる。
「いや……ちょっとおかしな点が多くてな。もしかしたら、と思ったんだ」
「ふぅーん……」
心底危機感を感じさせない相槌だった。
「――はい、もしもし。わたし梨園学園の相楽架乃と申します。つかぬことをお聞きしますが……あの、ただいま花恋さんはご自宅に? …………そ、そうなんですけど。……つまりご自宅には戻られてないんですね? 分かりました。失礼します……」
「その様子だと家には帰ってなさそうだな」
「はい……」
「――じゃあ特別会始っぞ」
そう声をかけた俺は一旦キーボードを叩く手を止めた。
+ー+ー――――第2回生徒会特別会議――――+ー+ー
「開廷」
「あのさ奏。特別会開くことのものなのコレ?」
「そういえば会長と副会長がいない状況で開催していいんですか?」
「うるさい! とりあえず俺の話を聞け!」
そうして2人の視線が俺に集まったのを確認して推理を教え出す。ちなみに今回に限りPCの設備が整っている生徒会室で行うことにした。
「――まず、不可解な点その1。俺のパソコンがハッキングされた事」
「え?」
驚愕の表情の真緋。確かに俺も信じたくないさ。
「ナンバーⅣ、Ⅴ。つまり学園内の情報を司るPCが一部はいられた。他3台のPCは破られなかったが、機能が一時期制御された可能性がある」
「待ってください。ナンバーⅣは生徒のメールアドレスを管理していましたよね? データは盗まれたりは?」
「さっき履歴を調べてみたら1件だけ盗まれていることが分かった。そいつっていうのが俺のプライベート用のスマートフォンのメールアドレスだ」
履歴までご丁寧に綺麗さっぱり消していたようだったがな。まぁさすがに復元には結構苦労したけども。
「俺のアドレスは囮として、生徒全員のアドレスにたどり着くまでの一歩手前の壁に設定してあるからそこまでは侵入できたんだろうな。それと白いユリを写した画像が俺に送られていた。このマークは前の会議で話に上がったフレダリィのマークだ」
「…………ほんと?」
最初は全然信用していなかった真緋もさすがにただ事じゃないことを悟ったようだ。
「ああホントだ。……で、不可解な点その2。俺は花恋に今日はメールを送っていないのにも関わらず、花恋に俺から呼び出しのメールが届いた事」
「――ちょっと待った!」
「……何だよ真緋」
「〝今日は〟って何!? じゃあ昨日とか昨日の昨日はメールしたの!?」
「今はどうでもよくない!?」
「よくない! 浮気は許さんのだ!」
「いつ俺がお前と結婚したんだよ!」
「今更何を言い出すのあなた! つい最近10回目の結婚記念日を迎えたばっかりじゃない!」
「記憶にねーよ!」
「あの頃はよくあたしに言ってくれたのに。〝お前を一生愛すから〟って」
「小学生の俺ほんとキザだな!」
「だからもう一度言って。〝来世も一生愛すから〟って」
「さっきと微妙に変わってるんだけど!? そして何より愛が重すぎる!」
ダメだ。コイツの空気に乗せられちゃダメなんだ。こんな茶番してる場合じゃないし。
「兄さまと夫婦漫才をするのはわたしなのに……!」
……やばい。早く論点を戻さないと妹との茶番が始まってしまう。
「――ええっと、話を戻すぞ? 勝手に俺の携帯からメールが届くのはおかしいと思わないか?」
「うーん。兄さまの携帯の送信ボックスには?」
「それなんだが、履歴がまた消されてて今復元させてる所だ」
そう話しながらもキーボードを忙しなく叩く。
カタカタカタカタカタ……。
「……よしっ、復元完了」
「早っ」
「それでメールは?」
「うーんとちょっと待ってくれ。…………確かに俺から花恋宛てのメールが12時ジャストに送信されてる。文面は『話したいことがある。12時30分に屋上に来てくれ。』」
「12時ジャストですか……。その時間はわたしたちA組は数学でしたね」
「とりあえず屋上に行ってみよう。何か手がかりがあるかもしれないし」
「はい!」「うん!」
そうして俺たちは生徒会室を出た。
――ピピッ。『認証完了』
生徒証で屋上の扉を開ける。鉄の扉を超えた世界は風が強く、天気は曇天。
「――どうだ? 何か手がかりは?」
「なんにも落ちていません。いつもの屋上です」
「はぁ……詰んだな」
「…………あのさ、ちょっといい?」
真緋が小首を傾げながら俺の袖を引っ張る。
「どうした? 何かあったか?」
「あのね? ――――どうして屋上なのかな?」
「……どういうことだ?」
「だって屋上はあたしたち生徒会しか入れないでしょ? それなのに待ち合わせ場所がここなのはおかしいと思って」
「…………確かに」
「それは犯人が梨園学園のルールを知らなかったんじゃないですか? ラブコメの告白場所といえば屋上ですし」
「あ、そっか」
今や屋上はそんな認識をされてるんだな。
いやちょっと待て、何か引っかかる。何だこの違和感。今の発言は明らかな矛盾があるような――。
少し整理してみよう。犯人が屋上が開放されていないという事を知らなかったとしたら、12時30分の犯人と花恋はどうしたのだろう。
「ちょっと聞いてくれ」
「はい?」
「例えばこの犯人をAとする。Aが待ち合わせ場所を屋上に設定した理由はなんだと思う?」
「それは人に見られる心配がありませんから犯行を実行するにはうってつけの場所だからでしょう」
「でもおかしいと思わないか? Aは誘拐を屋上からしようと計画していたのに、それが直前で崩れたんだ。予定の犯行現場には屋上から飛び降りるためのロープとかも事前に設置しとく必要があるはず。でも実行前になって屋上に入れないことを知る。なのに誘拐は成功した」
「つまりAは犯行場所を屋上には計画していなかった」
「そういう事になるな。つまり――Aはこの学園の生徒である可能性が高い」
「え、ちょっと待ってよ!」
「他にも証拠があるんだ。俺のプログラムには無数に囮役のプログラムが存在する。それを回避するには、あるパスワードが必要になる」
「梨園学園の生徒ナンバーですね?」
「そう。それがないと侵入はできても雑魚データしか出てこない。なのに俺の携帯はハッキングされた。これができるのはこの学園の生徒のみだ」
梨園学園の生徒証には個人ひとりひとりに15桁の識別ナンバーが存在する。この番号によって門をくぐり学園内に入ることができるのだ。
「そんな……」
「これで分かったことがある。犯行場所は更衣室から屋上までの道の途中という事だ」
「行ってみましょう!」
「ああ」
そして屋上を出た俺たちは推定される場所を探しに向かった。
だが、そのポイントは意外にもすぐに見つかることになる。
「奏! 窓が!」
「え?」
来たときは気づかなかった。屋上へと続く階段の踊り場、そこにある1つの窓が大きく開いていた。
近づいてみるとあったのは一本の長いロープ。
「ここか!」
「つまりAは最初からここで拉致する予定だったんですね」
「よし、3手に分かれよう! 架乃は会長と警視総監に連絡! 真緋はそのロープを使って降りて犯行の跡を探してくれ! 俺は先生たちに言ってくる!」
『了解!』
そして俺たちは各々の仕事へと取り掛かった。
全員が生徒会室に再集合した後、各々が得た連絡事項を確認し合うことにした。
「まず俺からだ。学園長にこのことを言ったらパニクっちゃって今保健室で寝てるよ。まぁほとんどの権限は会長に託されてるから今回は会長に従うことにしよう。会長はなんて言ってた?」
「はい。今すぐ学園に戻ってくるらしいので、3人で力を合わせて対処しろとのことです。でも着くまでに最低一時間はかかるそうです」
最低一時間か……。あの人はどこに行くにも自家用ヘリ使ってんだよな。それなのに一時間てどこまで行ってんだよ……。
「……警視総監は?」
――正直これを聞くのが一番恐い。怒られるのだろうか、逮捕されるのだろうか!?
「はい。それなんですが、今、警視庁のネットワークがジャックされる事件が起きているらしくて大パニックらしいんです。よって援軍を送ることができないそうなんです」
「――やっぱりか」
大方の予想はついていた。相手の目的は花恋を人質にして仲間を釈放させること。だから警視庁にこのことを伝えるためにこのようなことをするだろうと思っていた。
「それで?」
「少量の刑事を学園に送り込んだらしいのでもうすぐ着くでしょう」
「…………じゃあ架乃。今から言うメッセージを警視総監に送ってくれ」
「はい?」
この件の落とし前は俺達がつけないといけない。
「『我々生徒会が責任を持って花恋さんを救出します。その代わり、不正アクセス禁止法を侵害することを許可してください』と」
「……分かりました。伝えます」
俺たちは花恋の事を直々に任されたのにこのような事態に陥ってしまった。これは生徒会の責任であり、何としても俺たちが解決しないといけないのだ。
「で、真緋は?」
「うん。それが学園の門にスリップ痕が残ってたの。その痕が示した道の先にこれが……」
スリップ痕とは、読んで字のごとくスリップ(すべった)痕。スピードの出しすぎでカーブの時に付いたりする。
そして真緋の小さな手のひらには見るからに壊れた携帯。画面にはヒビ、ボディ部分は大きく大破しており内蔵が丸見えである。
「これは?」
「色と機種からして花恋さんのでしょう」
架乃が横から教える。
「ちょっと真緋、見してくれ」
「うん」
真緋からそれを受け取った俺はデスクの引き出しから工具を出し携帯の解体を始める。もしかしたら何かデータが残ってるかもしれないと考えたのだ。
壊れた携帯の裏カバーを無理やり引き抜き、中にあった小さなチップを取り出す。
「……良かった。壊れてない」
「それをどうするの?」
「この携帯の中に入ってるデータを解析する。何かメッセージが見つかるかもしれないしれんだろ」
「……奏。やっぱすごいわ」
何故か感心されてしまった。
そうこうしているあいだにデータを引っ張り出すことに成功し、PCの画面に表示させる。
探索していると今日の12時32分に取られたばかりの音声ファイルがあった。
すぐさま再生すると、
『…………カチットン……トン……カチットン…………トントンカチッ………トン……』
そこには端末を爪で弾いたような音と叩いたような音が不規則に流れる音声が流れた。
「なにこれ?」
「…………うーん、意味がサッパリ分からんな。でも何かのメッセージには間違いないだろうな、時間的に考えて」
「でも何なんですかね、この音声は。メッセージを残すなら声がのがいいでしょうに」
「いや、これはつまり、この音声を録音できない環境にいた事を示しているんじゃないかな。例えば、車の中とか、口を塞がれてるとか」
「なるほど。しかし何を示しているのか全く解りませんよ」
『…………』
全員沈黙。
本日2度目の詰み。一刻を争う状況でこんなことをしている場合じゃないのに!
その時、俺の頭にある人の顔が浮かんだ。こういう埒があかない時はあの人に頼むしかないだろう。
早速その人に電話をかける。
「もしもし、梓先輩ですか?」
〈――もしもし、オレだよ。その声だと奏くんか?〉
「はい」
〈今の状況は紅葉に聞いたよ。あと……着くまで50分はかかっちゃうかな〉
「……そうですか。それで梓先輩、今先輩のPCにある音声ファイルを送ったんですけど、届きました?」
〈ん?…………ああ、届いたよ。えっと…………何だいこれは?〉
「花恋の残したメッセージなんです。解読お願いできますか?」
〈もちろんいいよ。やれるだけやってみる。また何か俺にできることがあったら言ってよ〉
「はい、ありがとうございます。では……」
「兄さま、梓先輩に頼んだんですか?」
「うん。あの人ならなんとかなるかもしれない」
永坂梓のIQは165。所謂、天才である。彼ならできるかもしれない。
そう願っていたら、案外にもすぐにその祈りは通じた。
――ピピピッ。
PCから短い電子音が流れる。画面には梓先輩の文字。
「もしもし、どうかしましたか?」
〈奏くん! 解読ができたよ!〉
「早っ!! マジですか!? それで!?」
〈えっと、さっきの音声を1秒ごとに区切るとこれは『モールス信号』に似ていると思ったんだ。だから弾いたような音を短点、叩いたような音を長点というふうに変換してみたらこれが示めす言葉は『き、8、4、4、1』。恐らく車のナンバーじゃないかな〉
天才降臨。
「ありがとうございます! 助かります!」
〈いやいや、こんなことにしか俺は役立てないからさ。それじゃあ頑張ってね〉
「はいっ! 失礼します!」
――梓先輩、イケメンだなぁ。本当のイケメンは外見だけじゃないんだよ。
……そんなことより花恋の残したメッセージが分かったのだ。さすが策士副会長。
「架乃、真緋! メッセージの意味が分かった! 意味は『き、8、4、4、1』、車のナンバーである可能性が高い。だから俺はその位置を追跡する! 真緋、学園長に車出してもらえるよう頼んできてくれないか?」
「うんっ、いいよ! 奏がんばってね」
「ああ」
そう言って真緋は勢いよく生徒会室を出て行った。
と、思ったらすぐにまた帰ってきた。
「ねえ奏! なんて説明したらいい?」
「ああ!? ええっと……『車、運転、よろしく』と伝えておけ」
「……了解!」
こんどこそ真緋は学園長の元へ走っていった。
「しかし兄さま? 追跡しようにも車のナンバーだけでは……」
架乃が心肺そうに訊く。
「架乃、――Nシステムって知ってるよな?」
「……はい、でもそれがどうし……あっ、そういうことですか」
「――――今からハッキングする」
Nシステムとは、自動車ナンバー自動読取装置のことで警察が全国の高速道路に設置する、自動車のナンバープレートを自動で読み取る装置のことである。本当は警察に直接問合わせたいが、一般人には公開されていないし、ジャックされている警視庁がその機能を使えるとも限らない。よって俺はそのシステムをハッキングし相手の行きそうな場所を推測する。
「しかし兄さま、そのような大きな組織はガードが固いのでは?」
「なーに。俺を誰だと思ってる架乃。このWIZARDこと相楽奏が必ず捕獲してやるよ」
確かに今までの相手みたいにはいかないだろう。でもやらないといけないんだ。助けないといけないんだ。
「警視総監から返信は?」
「ああ、つい先程きてました。『無理はしないように。それからハッキングの件は考慮しよう。検討を祈る』だそうです」
「よしっ……それじゃあ、――MISSION―START!」
こうして俺はかつてない大物を崩しにかかった。 『Phase③へ続く』
この物語は起承転結ということで、あと2話で完結です。
残りの転、結をお楽しみに!